Yspahan イスファハン

2006 / Sébastien Pauchon

ボードゲーム「Yspahan」の箱表面

例えばもし自分が、超能力が使えるアメコミのヒーローだったら。

あるいは自分が、中世ヨーロッパの貴族だったら。莫大な資産を動かす株式ディーラーだったら。

そんな空想は誰もが一度は考えることだ。

しかしもし自分が、ペルシア帝国の商人だったら?
恐らくそんなことを考えたことがある人は稀だろう。

ボードゲームの魅力は、そのロールプレイの多彩さにもあると思っている。

よくボードゲームと対比されるテレビゲーム(デジタル媒体のゲーム)は、ファンタジーやSFの世界でモンスターと戦ったり、洋館でゾンビから逃げたり、魅力的な女の子や男の子とイチャイチャしたり、そういう「やってみたいけど現実にはできない」ことをロールプレイするゲームがほとんどだ。

もちろんそれに当てはまらないゲームもあるが、メインストリーム以外のテーマは大抵カルトゲームとして相応のイロモノ扱いをされる。

だがボードゲームはそうではない。

考えられるあらゆるテーマが、実にフラットに扱われ、プレイヤーも当たり前のようにエジプト王家の一員になり(戦争もせずただ神殿を作るだけ)、家畜と作物を育てるだけの素朴な農民になり(レジャーも恋愛もおしゃれな家具を揃えたりもしない)、そしてラクダに跨ったペルシア帝国の商人になったりするのだ。

もちろんボードゲームにも好まれるテーマはあるが、だからと言って他のテーマが取り立てて珍奇な物として扱われることはない。

この特性についてはもっと掘り下げてもいい話題だが、なんにせよ今日は、自分がイスラムの一商人になった気持ちで読み進めてもらいたい。

ボードゲーム「Yspahan」の箱側面
ボードゲーム「Yspahan」の箱裏面

ペルシア帝国にはイスファハンという首都があった。

正確にはイスファハンが首都だった時「ペルシア帝国」とは呼ばなかったかもしれないが、長く続くイスラム帝国の中でたびたび首都として置かれ、最盛期には「イスファハンは世界の半分」とまで謳われる繁栄を見せた。

ボードゲーム「Yspahan」のメインボード

さて、このボードに描かれている街、残念ながらこれはイスファハンではない。

イスファハンの近郊にあり、イスファハンの繁栄の恩恵を受け、その巨大都市との交易によって成り立っているとある街だ。

あなたはこの街で一人の商人となり(もちろんあなたの隣には可愛いラクダもいる)、市場で商品を売り捌き、商売の助けとなる建物を建てたり、役人に袖の下を握らせてイスファハン行きのキャラバンに自分の商品をたくさん積んでもらったりしながら、商人として最も成功することを目指すのだ。

ボードゲーム「Yspahan」の箱絵拡大

つまり、これが今のあなただ。

さて、これからこの街での商売について、少し仮想体験をしてもらおう。

まずあなたは市場に商品を出そうと思う。

この街は4つの地区に分かれていて、人々はそれぞれの地区を「壺」「箱」「樽」「袋」の4つの紋章で区別している。

ボードゲーム「Yspahan」のボード拡大1
ボードゲーム「Yspahan」のボード拡大2

そしてこの街の商売の仕組みもユニークだ。

あなたは9つのサイコロを振って、それを出目ごとの組に分ける。

分けられた組によって、商品を出品できる地区が決まる。

ボードゲーム「Yspahan」のタワーボード

この石版の上に、サイコロの組を下から小さい順に置いていき、一番上の列には必ず一番大きい目の組を置く。
つまり出目によっては何も置かれない列ができるということだ。下の方の列は埋まりやすいし、上から2列目は埋まりにくい。
もっと言えば、上から2列目には5の目しか置かれない。そう、1から6まで全ての目が出ていないと、壺の列は埋まらないわけだ。

こうして自然と上位の地区への出品物にはプレミアが付き、価値も上がる。

ボードゲーム「Yspahan」のタワーボードに置かれたサイコロ

サイコロが置かれなかった列に描かれている紋章の地区には、残念だが今回は出品できない。
サイコロのある列を一つ選んで、そこに置かれたサイコロの数だけ、その列の地区に商品を出品できる。

あるいは、一番下のラクダの列か、一番上の金貨の列を選んでもいい。

ラクダの列を選べば、そのサイコロの数だけラクダが与えられ、金貨を選べば、同じようにコインが支給される。

ボードゲーム「Yspahan」のラクダコマとコインコマ

もし出品もラクダもコインも取り急ぎ必要でないのなら、列の右端に小さく描かれているように、役人に対して自分の都合のいいように動いてもらったり、商売の役に立つカードをもらってもいい。

ボードゲーム「Yspahan」のタワーボード拡大

ここで簡単に市場の説明をしておこう。

それぞれの地区は、さらに小さいスークに分かれている。スークというのは、イスラム世界でいう市場のことだ。この街では建物の色でスークが分かれているから、見分けやすいだろう。

ボードゲーム「Yspahan」のスーク

商品をある地区に出品する場合、一回に出品できるのは一つのスークだけだ。それから、他の商人が既に出品しているスークに出すのも厳禁だ。商売にも守らなければいけないルールって物がある。

そして週の最後には、それぞれのスークで全ての店に出品できていた商人だけが評価される。一店舗でも出品できていなかったらダメだ。青いスークなら、青い店全てに出品しときなってことだ。半端な仕事はやらない方がマシだ。

ボードゲーム「Yspahan」の役人コマ

役人のことも話しておかなきゃな。

あいつはイスファハンからやって来ていて、毎日街の真ん中の十字路を行ったり来たりしてる。何をしてるかって言うと、イスファハンに持って帰る品物の目利きをしてるんだよ。
いい品を見つけると、立ち止まってキャラバンに積み込んでいく。

だから商売人としては、役人に自分の商品を見つけてもらって、キャラバンに積み込んでもらいたいところだよな。
そのためにも、役人におべっかを使って、自分の都合の良いように動いてもらうことが肝心だ。たまにはちょっと握らせてやった方がいい時もあるぞ。

ボードゲーム「Yspahan」のカード

あとは、そう、券の話は聞いてるか? まだだよな。

券は言うなればこの街で使える地域振興券みたいな物で、俺たちはカードと呼んだりもする。いざと言う時のために、集めておいて損はない。

ラクダとコインを交換するには券が必要だし、商品を店に出したりキャラバンに載せてもらったりする時、少し融通を利かせてもらえたりする。

ボードゲーム「Yspahan」の建築ボード

と、まあそんな具合に仕事を終えた後、一日の終わりにもうひと仕事残ってる。

商売は足で稼ぐのが基本だが、やっぱり自分の身一つで全てこなすのは無理があるよな。あんたもそんなに若くは無さそうだし、おっと、そんなに怖い顔するなよ。文句があるなら俺を正直者に作った神様に言ってくれ。

あんたはオツムが良さそうだから、設備投資って言えばわかるだろう。商売が上手く回りだしたら、金ができる。金ができたら、次は設備だ。
とは言え、小屋一つ建てるのにも、金がかかるし、ラクダにも働いてもらわなきゃいけない。もちろん、ラクダはあんたが用意するんだ。

作れる設備とか建物は、ここに書いてある。無くさずに持っておくといい。ただ、大事なもんだからって、パンツの中には入れるなよ。汗でケツに貼り付いて、大変なことになるからな。

ボードゲーム「Yspahan」のラクダとコイン

説明はこんなところだな。細かいことは、やりながら覚えたらいい。

キャラバンは、週末に出発する。載せ忘れが無いように、早めに手配しておくことだ。

ところであんた、母親の名前は何と言う……、ああ、そうか、わかった……いや、何でもない。それじゃあな。何かあったら、「樽」のピンク色のスークの端っこの店に来るといい。青いドアの家だ……。

そう言うと、どこからともなく現れてきてこの街のことを語り出した男は、現れた時と同じようにそそくさと、市場の人混みに消えていった。

後には市場の喧騒と、やがて午後を迎える砂漠の熱気だけが残った。太陽はじりじりとスークの屋根を焦がし、今にも南中の空に上がるだろう。

さあ、明日からやることが山積みだ。

まずは辺りを徘徊しているという役人に、一言挨拶でもしに行こうか……。