2007 / Martin Wallace
間違いなく名作ゲームである。
それは僕の評価がどうということではなく、BoardGameGeekという世界で最も有名なボードゲームポータルサイトに登録されている10万種を超えるボードゲームの内で、現在恐るべき19位というランクに位置していることから言える客観的な事実である。
ちなみにBoardGameGeekというサイトは、「気づいたらそのサイトを開いている」という無意識の行動が即ち「ボードゲーマーである」という定義に等しいようなサイトなので、そこでの評価は一定の信頼性を持っていると見なして良い。
そのサイトで19位というのは、言わば「化け物」である。ただでさえ化け物の跋扈するランキング上位の中でも、さらに恐れられるレジェンド級の化け物ゲームだと言える。
そして「ゲーマーズゲーム」という言葉があるように、このゲームも非常にゲーマー向けのゲームだ。3時間以上かかる上、ルールも細かく覚えづらい。
そのため、ボードゲームに余り触れたことがない人に、このゲーマー好みのゲームの魅力を伝えるのは難しい。
だがしかし、いかなるジャンルの創作物においても、名作と呼ばれる作品がそのように人を選ぶ物であって良いのだろうか?
名作というのは、誰にとっても名作であるべきではないだろうか。
今回のゲーム紹介は、この名作ゲームの魅力を、いわゆる海外ボードゲームを一度もプレイしたことのない人にも伝わるように、同じく海外ボードゲーム未経験である名も無き何者かの魂を憑依させた僕が紹介していくという新奇な試みである。
それでは、初めてなのでうまくいくか心配だが、少し準備をするのでしばらくお待ち頂きたい。
(数十分後、奥の部屋からこの世のものとは思えぬような唸り声、閃光、そして白煙の中からフラつくようにして、別人に成り代わったボクが現れる)
こんにちは。ボクの名前は……、ええと、まあいいや。なんだかずっと長い間眠ってたみたいに頭がぼうっとする。
でも今ボクがやらなきゃいけないことはわかるよ。なぜかすごくそれがやりたいんだ。というのは、今ボクの目の前にある、このボードゲームをみんなに紹介するんだ。……みんなって誰だっけ? まあ、細かいことは気にしない。
ボードゲームと言えば、ボクは人生ゲームには目がなくてね、人生ゲームが遊ばれているところには、必ずボクがいると言ってもいい。ボクのプレイスタイルは「独身縛り」だよ。子供を作らずにゴールするんだ。なぜかというと、あの車にピンが増えると、榎茸みたいだろう? ボク、キノコ類全般ダメなんだ。香りが、どうもね。
ところでこのゲームは、ええと、見たことがないな。海外の人生ゲームかな。それと、おじさんがすごく大きい……。このおじさんの人生を辿るゲームかな。もしかして一人用? 服装もなんだか時代を感じさせるね。
箱には「BRASS」と書いてある。ブラスという映画があったね。ブラスバンドの映画。ということはこのおじさんがブラスバンドをやるゲームかな。それか、ポーズ的には指揮者かもしれない。
とりあえず開けてみよう。
すごく分厚い説明書だね。ちょっと読んでみよう。
「ようこそ18世紀のランカシャーへ。世界はまさに中世から近代への変貌の最中にあり……」
ちょっと待って。これはゲーム? ブラスバンド部のおじさんは?
「その変化は、後に歴史学者たちが『産業革命』と呼ぶものであった」
産業革命? これはボードゲームなのか? なんにせよ、箱のおじさんはブラスバンドの指揮者ではなく、産業革命の頃の人なんだ。それにしてもすごいもみあげだな……。
ということは、これは産業革命のイギリスを舞台にしたゲームなのか。ボクが知っているボードゲームとは、少し様子が違うぞ……。おじさんが宝くじに当たって10000ドルもらったりするゲームではなさそうだ。
説明書はとりあえず置いといて、他の中身を見てみよう。
この大きいのがボードだな。説明書に「ようこそランカシャーへ」と書いてある通り、このボードがランカシャー州全体を表しているらしい。今はリヴァプールもマンチェスターもランカシャー州ではないはずだけど、産業革命の頃にはまだランカシャー州の都市だったんだ。
調べたら、どちらの都市も1974年にランカシャー州からそれぞれ分離したようだ。このゲームの舞台である産業革命の時代が1760年代から1830年代くらいとのことだから、まだ両都市はランカシャー州内にあるわけだな。
ボードにはたくさんの都市名が描かれていて、それぞれが線で結ばれている。線は……、川や線路に見える。サイコロや人生ゲームみたいなルーレットは入っていないし、車のコマも人間っぽいコマも無いので、都市から都市に人を動かす双六ゲームでは無さそうだ。
それから、都市にはいくつかのマークが書いてある。工場のような建物のマーク、碇のマーク、石炭を運ぶトロッコのようなマーク、などなど。
他の内容物も見てみよう。
ビンゴ! これはまさに、さっきのアレだな。いかにも都市を結ぶ線の上に置いて欲しそうな姿をしている。試しに置いてみると……、うん、すごく具合がいい。
説明書を読むと、これはリンクカウンターと言って、運河と鉄道を表しているらしい。カウンターは、言い換えるとチップみたいな物だな。
それからこのチップは、色分けされている。恐らくプレイヤー毎に自分の運河や線路を持つことになるんだ。とすると、都市をこの運河チップや鉄道チップで結んで、自分の産業のネットワークを作る……、なるほど、少し見えてきたぞ。
どれどれ、他には何が入ってるかな。
出てきたぞ、それっぽい物が。さっき見た都市のマス目に描かれていた工場や碇のチップだ。きっとこのチップを都市のマスに置くんだ。色分けもされてるし、色んな都市に、自分の工場や港を建てるんだな。
チップの右上に数字とポンド記号が書いてある。これが恐らく建築のコストだろう。
で、建ててどうするんだ? 何をしたらゴールなんだ?
ちょっともう一度このゲームのテーマである「産業革命」に戻って考えてみよう。
産業革命は、ご存じの通り200年前くらいのイギリスで起こった産業の革命的な変化のことだ。
革命的な変化というのは、綿織物生産と製鉄の技術革新、蒸気機関の発明、運河や鉄道による輸送手段の発達、などだ。特にこのゲームの舞台であるランカシャー州は綿織物産業の発達が顕著だった。そしてなぜボクがこんなことを知っているのかというと、ウィキペディアを見ながら説明しているからだ。
綿織物産業については、このゲームではこの工場のようなチップが「紡績工場」を表すらしい。紡績工場というのは、糸を作る工場だね。日本でもちょっと前に世界遺産に登録された富岡製糸場が有名だろう。
なになに……、それでこの紡績工場チップを都市の同じ柄のマスに置くことで、それを建築したことを表すらしい。そして作った糸や綿はどうするかと言うと……、産業革命の時と同じように、全世界に輸出するのか!
輸出するためには、港が必要だぞ。
そう、そこで登場するのが、この港チップらしい。港も紡績工場と同じように、都市のマスに建造する。
港ができたら、次は生産した綿を工場から港に運びたいところだ。しかし当然、輸送手段が無いと運べない。ああ、わかったぞ。上手くできてるな。そこで登場するのが先ほどの運河チップと鉄道チップというわけか。
どうかな。なかなか説明がサマになってきただろう。右手に説明書、左手にスマホでウィキペディアを見てるからね。それに歴史的な出来事が、ゲームの中にどうやって再現されているのか、見ていくのがどんどん楽しくなってきたよ。
都市を結ぶのに、運河と鉄道のどちらでも選べるのかと言うと、そうではない。
産業革命は長期に渡って続いた出来事だね。だから、最初から何もかもが発明されていたわけじゃない。何かの発明が、次の発明を生み出して、それがまた次に繋がって、どんどん進歩していったんだ。
鉄道もその一つで、蒸気機関の発明が無ければ産まれなかった物だ。そのためこのゲームでも、前半は鉄道が存在しないらしい。ゲームは前半と後半に分かれていて、前半を「運河の時代」、後半を「鉄道の時代」と呼ぶと書いてある。
「運河の時代」には輸送路として運河しか作れない。なのでゲーム前半は、紡績工場で作った綿織物は運河を使って港まで運ぶことになるわけだ。都市を結ぶ運河は早い者勝ちになっているので、あるルートに誰かが運河を作ったら、そのルートにはもう他の人は作れないんだって!
なんだかケンカになりそうだけど、ビジネスの世界はいつだって競争だよね。資本主義は、まさしく産業革命の時代に生まれたんだ。
そして都市から都市へと運河を繋いでいって、最終的に紡績工場と港を繋げることができたら、晴れて綿織物を港から世界へと輸出することができる。そしたら、紡績工場チップと港チップと裏返すと書いてあるぞ。
裏返したら何が起こるのかと言うと……
得点がもらえるのだ!
やっとでてきたぞ、ゴールを予感させる何かだ!
説明書を見ると、このゲームは最後にたくさん得点を取っている人が勝ちらしい。
得点を獲得する手段は主に2つ。裏返したチップの右下にある六角形に描かれた数字、それから運河や鉄道チップの1つ1つにつき、その両端の都市で裏返してある建物の数だ。
得点方法はたったその2通りのようだ。ゲーム終了時に持っているお金でボーナス点も僅かにもらえるようだが、オマケ程度だと思われる。
そしたらどんどん紡績工場と港を作って、それを次々に運河で繋いでいって……、というそれだけのゲームかと言うと、どうもそんなに単純じゃないらしい。
裏返す前の工場などのチップをよく見てみると、右下に黒とオレンジのキューブが描かれている物がある。どうやらこれは、その施設を建てるために必要な資源みたいだ。
黒のキューブは石炭を、オレンジのキューブは鉄を表している。つまり、例えば黒のキューブが1つ描かれている建物を作ろうと思ったら、どこからか石炭を1つ調達してこなければいけないということだ。
ではゲーム中、石炭はどこにあるかと言うと、現実世界に照らしてみるといい。そう、炭鉱だね。
さっき取り出した建物チップの中に、石炭が積まれたトロッコが描かれているチップがあった。きっとそれが炭鉱だ。
炭鉱もまた、工場と同じように都市に建設できると書いてある。だけど工場などと違うところは、建設したらチップの左上の数字の分、チップの上に石炭キューブを乗せる。炭鉱が開いて、石炭が産出されたってことだね。
建設などで石炭が必要になったら、ボード上のどこかにある炭鉱から、輸送路を通って石炭を運んでくることができる。そして……、これは面白いな、その石炭は、他の人の炭鉱からでも持ってこれるし、運ぶ時は他の人の輸送路も使うことができるらしい!
じゃあ石炭を取られた人は取られ損なのか?
……いや、なるほど、そういうことか……、炭鉱から石炭が全て無くなると、その炭鉱を裏返すことができるのか!
裏返されたらその炭鉱を作った人の得点になる。つまり、石炭の需要が高まっていると感じたら、炭鉱を作って他の人に石炭を使ってもらえば、何もしなくても自動的に裏返って得点になるということだ。
これはちょっと、ぞくぞくするな……。人生ゲームも面白いけど、このゲームはちょっと違う感じがする。自分だけの利益、他人との共益、それから場の需要と供給を考えて自分の計画を立てていくんだ。
それってまさに、商業と経済そのものじゃないか。ボードゲームって、そんなことまで体験できるのか。
ちなみによく見たら、紡績工場から綿を輸出する時に使う港も、他人の港を使えると書いてある……。おお、ブラボー、ここでもまた私益と共益の打算が働くんだな……。
それじゃあ鉄はどうなんだろう? 石炭と同じように使うのかな?
いや、鉄は輸送路を使わなくても、ボードのどこからでも好きに使えると書いてある。鉄キューブも石炭と同様、鉄工所を建設した際にチップ上に一定数置かれるけど、必要になった時に、輸送路を使わずボード上のどの鉄工所からも取れるらしい。
この違いには理由があって、膨大な量を消費する石炭に比べ、鉄製品は使用量がはるかに少ないため、運河や鉄道を使わなくても荷馬車などで運べるから、と書いてある。なるほど、もっともだね。
それから建物チップはもう1種類あったな……。そう、これこれ、造船所だ。
造船所は建設したら無条件ですぐに裏返すことができる。コストがかなり高額だな。そしてこれを裏返してみると……。
すごい高得点だ! 高コストで、作れる場所も限られている、その代わり得点も高い。これは是非狙って建てていきたいところだけど、高い支払いはそのまま資金の圧迫に繋がるし、タイミングを考ないと、かえって自分の首を絞めることになりかねないね。
ところで、まだ何に使うかわからない物が入ってるぞ……。
結構な枚数のカードだ。描かれている内容には、都市の名前を表す物と、施設の種類を表す物の2種類があるみたいだ。これは一体何に使うんだろう。左手の説明書を見てみよう。いや、左手はスマホでウィキペディアを見てるんだった。右手の説明書だ。
……そうか! なるほど、大事なことを忘れてた。
建物を建てたり、輸送路を整備したり、自分の好きな場所に好きな物を作れたら、ただ順番が早い人がひたすら人気のスポットを取っていくだけのゲームになる。それだとゲーム展開がいつも同じになってしまう。人生ゲームが面白いのは、ルーレットで何の目が出るかランダムだからだ。
それと同じことを、このゲームではカードを使ってやっているんだね。
各プレイヤーには、それぞれ8枚のカードが配られる。そこには都市名または建物の種類のどちらかが描かれている。
もし都市名のカードを出すと、その都市に好きな建物を建てることができる。
一方、建物のカードを出すと、自分の産業ネットワークの範囲でその建物を建てることができる。
そうか。ネットワークには2つの意味があるんだ。いくらでも他人に相乗りできる輸送のネットワークと、自分だけが使える建設のネットワーク。人生ゲームで言えば、そんな人生ゲームがあるか知らないけど、全員共通のコースの横に、自分だけが通れる専用コースがある感じだな。そしてどちらのコースも全員が駆け引きしながら自由に作っていける!
これはちょっと、ただならぬゲームみたいだぞ……。
色んな要素が複雑に絡み合っていて、尚かつそれらが全て結びついて「産業革命」という1つのテーマを編み上げている。そしてプレイヤーは産業革命の世界の中で、商業と経済を仮想体験するような高度な駆け引きを楽しむことができる。
ちょっと待って。ずっと喋ってたら喉が渇いてきた。ついでにトイレにも行ってくる。
ふう、失礼しました。
手を洗いながら鏡を見たら、あれ、ボクってこんな顔だったかな、と思ってしまったよ。でも、だからと言って、ほんとのボクってどんな顔だったっけ、と変な気持ちになっちゃった。まだ頭が、ぼうっとしてるのかな。
さて、箱にはもう1つ袋が入ってるぞ。
薄いプラスチックのチップ……。これはお金だな。ポンドだ。銀貨と銅貨の2種類がある。
このゲーム、建物を作る時にお金がいるようだけど、お金はどうやって手に入れるんだろう。自分が産業革命時代の実業家だとしたら、やっぱり自分の事業から入ってくる収入でお金を得るってことになるのかな。説明書はどこに置いたかな……。
やっぱりそうだ。自分が建てた建物チップを裏返した時、右上に丸囲みの数字が描かれていて、その数字の分、自分の収入がアップするらしい。収入の金額は、毎回の自分の手番の前にお金チップでもらえる。
そして、ははあ、やはり事業にはこれが必要だな。
そう、借金だね。現実に会社を興す時にも銀行に借金をするように、このゲームでも資金難になったら借金ができるらしい。ただ借金は返す必要がなくて、その分収入が減るみたいだ。分割返済してるイメージかな。
それにしてもこの収入と得点を表すスコアトラック、蛇みたいにニョロニョロして妙な魅力があるな……。
前半の「運河の時代」と、後半の「鉄道の時代」が終わったら、そこでゲームも終了する。その2つの時代それぞれの終了時に、建設して裏返したチップの得点と、それぞれの輸送路の両端の都市にある裏返された建物の数の合計が得点になる。最も得点を獲得したプレイヤーが勝ち。
つまり、より大きな都市の間に多くの輸送路を整備し、より価値の高い工場や港を建設した者が栄光を手にするんだ。わかりやすい。
細かいルールは他にもたくさんあるようだけど、ここで一旦説明書を閉じよう。
うん、正直、すごく興奮したね。ボクが持ってたボードゲームのイメージを覆された気分だよ。産業革命なんて、今までは何も興味がなかったけど、これを機会にちょっと勉強してみようかな、って気持ちになった。
いや、それよりも、まずはこのゲームがしたいな。誰か、ボクとこのゲームをしてくれる人はいないかな。きっと楽しいと思うんだ。自分が産業革命時代の資本家になって、あくどい駆け引きやなんかを駆使して、誰よりも抜きんでた時代の先駆者になるんだ。
誰か、ボクと一緒に遊ぼうよ。早くしないと、なんだかまた頭がぼうっとして、すごく眠たくなってきたんだ……。まるで自分が自分じゃなくなっていくような感じ……。
ほら、ボードを広げて……。はじめは誰からにする……?
そうだね、じゃんけんしようか……。じゃん、けん……
- タイトル
- BRASS
- デザイナー
- Martin Wallace
- アートワーク
- Peter Dennis
- パブリッシャー
- FRED Distribution, Inc.
- 発売年代
- 2000年代
- プレイ人数
- 4人まで
- プレイ時間
- 2時間以上
- 対象年齢
- 中学生以上
- メカニクス
- ネットワークビルディング