BLUFF ブラフ

1999 / Richard Borg

ボードゲーム「BLUFF」の箱表面

空気が薄い。

短く浅い呼吸を何度も繰り返すが、肺に酸素が満たされないように息苦しい。固い椅子に乗った尻の感覚も、もう随分前から無くなっている。部屋に充満した木の匂い、土の匂い、それから半ば腐ったような食い物の匂い、目をつぶったらこのまま卒倒しそうだ。

外からは時折り聞き慣れない言葉の話し声、何かのエンジン音、虫の羽音などが窓の無いこの部屋にも聞こえてくるが、部屋の中で喋る者はいない。

次に喋るのは俺の番だからだ。

「5が……3つだ。」

俺はカップを持つ指に力を込め、絞るような声で言った。俺の向かいに座る男も、囲むように立つ何人かの男も、表情ひとつ変えず俺の顔に視線を止めたまま、微動だにしない。

俺の前に座る男は、粘土のように無感情な顔で俺の目を見つめている。俺もその目を精一杯睨み返す。浅黒くいかにも東南アジア系の風貌をした男の顔には、こめかみから耳の前を通って、顎に沿うように顔を一周して反対側まで続いた深い傷痕がある。前髪に隠れているが、おそらく額の生え際辺りで左右の傷が繋がって、顔をぐるりと囲っているようだ。

男は「マスク」と呼ばれている。聞いた話によると、昔賭けに負けて顔の皮を剥ぎ取られそうになった所を、皮と引き換えに今の役割を与えられたらしい。確かに作り物のように感情の読み取れない顔と、その時に付けられた境目のような傷痕のせいで、まるで仮面を付けているように見える。

「星が3つ。」

仮面の男は下手な日本語でそう言った。……星が3つ? まさか。今俺のカップの中にあるサイコロは2つ。男のカップには4つ。合わせて6つだ。俺の出目は2つとも「5」だ。となると、奴の言う「星」3つがあり得るとしたら、奴の4つサイコロの内3つが「星」でないといけない。

息がさらに浅くなる。指の先から滲み出る汗で、カップを握る手が滑る。膨張しきった熱帯の空気は部屋を今にも破裂させるようで、少しでも気を抜くと焼けたステーキのバターみたいに体ごと溶けてしまいそうだ。

俺はこのまま男の宣言を受けて「5」を6つで宣言を返すこともできる。しかしそれが通るのは男の出目が「星」と「5」だけの場合のみだ。

あるいは俺の宣言を「星」4つに上げることもできる。それならば男のカップに少なくとも「星」が2つあれば成り立つ。しかしそれにしたって、男が俺のサイコロを2つとも「星」と見込んだ場合だけだ。どちらにしろリスクが大き過ぎる。それならここは「ブラフ」か……。いや、だがしかし……。

ボードゲーム「BLUFF」の箱側面
ボードゲーム「BLUFF」の箱裏面

ゲーム名の「ブラフ」は「はったり」という意味だ。

上の寸劇のようにどこかの異国で行われる命懸けの賭博にこのボードゲームが使われるのかどうかは知らないが、魂がひり付くような生死ギリギリの駆け引きができる極上のダイスゲームであることは間違いない。

「Perudo」という南米にかなり古くから伝わるゲームが元になっており、以前はライアーズダイスという名前でも発売されていたようだが、「嘘つきのサイコロ」も「はったり」も、どちらもド直球なネーミングで、僕はどちらの名前も好きだ。

ボードゲーム「BLUFF」のコンポーネント

ゲームはサイコロとダイスカップ、それから小さなボード一枚を使う。

サイコロは各自5個ずつ持ち、それを一斉にダイスカップの中で振る。出目は自分だけがこっそり確認する。

ボードゲーム「BLUFF」のダイスカップとダイス

例えば4人プレイ時だと、サイコロは合計20個あるわけだ。その内、5個の出目だけを知っている。

ゲームはこの合計20個のサイコロの出目を、何の目が、いくつ出ているか、それを予想しながら進む。

まずはスタートプレイヤーが、好きな目と個数を宣言する。例えば「4が3個」など。これは合計20個のサイコロの中で、少なくとも「4」が3個は出ているだろうという宣言だ。

宣言はボード上に赤いサイコロを置いて示す。

ボードゲーム「BLUFF」のボード

(上の写真では「5」が4個という宣言になる)

時計回りで次のプレイヤーは、その宣言にさらに上乗せするか、その宣言を「ブラフ(はったり)」だと指摘する。

上乗せする場合は、同じ個数で出目の数を上げるか、出目は自由に変えて個数を増やすか、そのどちらかになる。

そしてこのゲームのサイコロには、「6」の目の代わりに「星」が描かれている。この星はジョーカーだ。どの数字としても扱える。

つまり先程の 「4が3個」の場合、「4」の目が3個でもいいし、「4」の目は2個で「星」が1個でも、「星」が3個でもいい。もちろん、それ以上の個数があってもいい。

ボードゲーム「BLUFF」のダイスの星

星がジョーカーということは、1から5の目は出る確率が6分の2になり、星が出る確立はそのまま6分の1だ。

宣言を上乗せする場合、基本的にはサイコロの個数を1個ずつ増やしていけば良いが、星は確率が低いので個数を下げつつ宣言を上げることができる。ボードを見てもらった方が早いだろう。

下の写真の通り、星以外の目(黄色のマス)が10、11、12、13、14と続いていく中で、星の目(オレンジのマス)はそれよりも小さい数字で間隔を空けるように並んでいる。

ボードゲーム「BLUFF」のボード

宣言通りの個数が出ていないと思う場合は、「ブラフ」と宣言する。宣言されたら、全員のダイスカップを上げ、全てのサイコロを公開する。

(この「ブラフ」という宣言、ソースによって「ブラフ」だったり「ダウト」だったり「チャレンジ」だったりするが、僕は一番かっこいいので「ブラフ」と言っている。ルールブックはドイツ語だから正解はわからない……)

宣言通りの個数が出ていれば、「ブラフ」を宣言したプレイヤーがサイコロを一個捨てる。個数が足りなければ、個数を宣言したプレイヤーが一個捨てる。

捨てられたサイコロはボード上に並べられるので、いま全体でどれだけのサイコロが残っているのかがわかる。

ボードゲーム「BLUFF」のダイスが並べられたボード

誰かが一つサイコロを捨てたら、また全員が振り直し、同じようにゲームが続いていく。

手持ちのサイコロが一つも無くなったプレイヤーから脱落し、最後まで残ったプレイヤーが勝利を手にする。

ところでこのゲーム、サイコロが減るにつれて把握できる情報量も少なくなる。そして最後はたった一つの出目の情報だけで勝負せざるを得なくなる。

冒頭の寸劇ではサイコロが4個と2個になっていたので、かなり危うい流れだと言えそうだ。

状況は1対1。サイコロは4個と2個。この場面から果たして逆転が可能なのか。それは皆さん自身で確かめて欲しい。

そうそう、それから、もし顔に丸い傷のある男の噂を聞いたら、くれぐれも近づかないように……。

ボードゲーム「BLUFF」のダイスカップとダイス