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ボードゲームの渋いアートワークを紹介するこの企画も、今回で4回目になった。今朝、夢に白い蛇が出てきて「余計な小話はいいからさっさと本題に入りなさい」と言われたので、早速写真から掲載する。
これはルールブックの一部である。何のゲームかお分かりだろうか。この一部分のみで分かる方は、かなりの通だと言っていいだろう。記事のタイトルに書いてあるって? まさか。僕が記事のタイトルでネタバレするような問題を出すと思っているのなら、今すぐ家に帰って鎌首を洗って待っていて欲しい(もしもあなたが蛇ならば、だが)。
幾何学的な図形、レトロだが未来的な書体。先進的で、折り目正しいイメージ。「OBJECT OF THE GAME」の部分を読んで、ビジュアルから受けるイメージを結びつければ、自ずと答えは出るだろう。
そう、アクワイアだ。
アクワイアは古いゲームだ。ボードゲームの世界では神様とでも言うべきシド・サクソンという伝説的なデザイナーが1964年に発表したゲームである。歴史があるだけあって、様々なバージョンが発売されている。僕が持っているのは、1999年に発売されたアバロンヒル版と呼ばれる物だ。特に狙ってこの版を買った訳ではなく、当時はこれが普通に流通していた。アバロンヒルという会社は1998年にハスブロ社に買収されているので、ボックスやルールブックにはハスブロのロゴも入っている。
ゲーム自体の素晴らしさは何十年の間に語り尽くされて来たと思うが、今回僕が紹介したいのは、そのルールブックだ。これが実に素晴らしいのである。
菫の花をインクに溶かしたような紫色の誌面。色味のある単色刷りというのは、どうしてこうも味わいがあるのだろう。表紙のイラストが単色で潰れているのが少々残念だが、明るい背景とのコントラストでシルエットが浮き上がっているので、これはこれで味があるのかもしれない。
ページ数が少ないため冊子にはなっておらず、巻き三つ折りと言うのだろうか、開くと横長の裏表だけの簡単な構造だ。
誌面も渋い仕上がりだ。完璧で隙の無い美しさとは少し違うが、バウハウスのデザインを宇宙に持って行ったような幾何学的で近未来感のあるモチーフを使いながら、同じく幾何学形を意識した見出し書体(ゲームのロゴも同じだ)で統一感を出してある。
ロゴの書体は恐らく「Insignia」という書体だと思われる。Insigniaは1989年にイギリス人のグラフィックデザイナーであるネヴィル・ブロディ氏がデザインした書体だ(1990年や2000年というソースもあるが、このゲームが発売されたのが1999年なので、恐らく1989年か1990年のどちらかだろう)。InsigniaとInsignia alternate、それからInsignia Romanという書体があり、ロゴに使われているのは恐らくRomanではないかと思われる。もしかしたらInsigniaとInsignia Romanは同じ物かもしれない。
書体は4種類使われているようだ。ゲームロゴは恐らくInsignia Roman、中見出し(「GAMEPLAY TERMS」など)に使われている似た形の書体は「E」の形が明らかに違うのでRomanではないInsigniaか、Alternateかどちらかだろう。
薄い背景色の「GAMEPLAY TERMS」の部分の小見出し(「CORPORATION」など)はまた別の書体だが、何の書体か判別が難しい。似た形のサンセリフ書体はたくさんあるので、もう少し特徴的な形の文字が無いと特定できない。
本文も中見出しとは「o」の形が明らかに違うので別の書体だろう。数字がやや特徴的だが書体の特定までは難しい。
書体もそうだが、やはり誌面の個性を担っているのは幾何学形のモチーフだろう。図形自体は特筆するほど目新しい形ではないが、配色の濃淡のバランス、線の太さと色、同じ図形の反復など、新奇性は無いが気の利いた装飾になっており、目を楽しませる。それにこの極細のラインで描かれた幾何学図形が、「一昔前の人から見た未来的イメージ」を非常に良く表しており、大都会に次々と建設される高層ホテルを題材にしたゲームの雰囲気を高めてくれる。
このようなデザインのトーン&マナー(デザインに一貫性を持たせるためのルール)は、実はゲームで使う株券や紙幣のデザインにも使われている。
ここでは詳しく紹介しないが、このゲームは株券や紙幣のデザインも非常に良い。全てが統一されたトーン&マナーで、ゲームのテーマに向かってコンポーネント達が皆で一丸となって盛り上げようとしているのが伝わってくる。
ゲームの箱を開けたら、その中に入っている物は全てそのゲームの大事な一部だ。それはルールブックも例外ではない。ルールブックはただの説明書ではなく、ゲームのコンポーネントの一部なのだという事を、このルールブックは如実に物語っている。イラストをふんだんに盛り込んで分かりやすくするのが、ルールブックの目指す唯一の方向性ではない。あるゲームをしようと意気込んでいる時、まるでそのゲームの世界から取り出したようなルールブックは、分かりやすさとは違ったゲームの本質に迫る価値を提供してくれるだろう。
今回紹介したアバロンヒル版は、今となっては手に入れる事が難しい。だからこのルールブックの実物を見て欲しいとは言わない。その他のバージョンは実物を目にした事はない。
しかし、もしこれを読んでいるあなたが、何かボードゲームを持っていたら、一度そのルールブックを取り出してみて欲しい。そのルールブックは、そのゲームの世界から抜け出してきた物だろうか。
もしそうだったら、そのルールブックを、まるでゲームの世界に入り込んだような気分で読んでみるといい。できればゆっくり時間がある時の方がいい。あなたはきっと、残るコンポーネントも取り出して、しばしの間、その世界から出てくる事ができないだろうから。
- タイトル
- ACQUIRE
- デザイナー
- Sid Sackson
- アートワーク
- –
- パブリッシャー
- Avalon Hill Games
- 発売年代
- 1990年以前
- プレイ人数
- 6人以上
- プレイ時間
- 2時間くらい
- 対象年齢
- 小学校高学年から
- メカニクス
- タイル配置