MYSTERIUM ミステリウム

2015 / Oleksandr Nevskiy, Oleg Sidorenko

ボードゲーム「ミステリウム」の箱表面

 もう既に、少し後悔し始めている。

 こういうのが好きな人からすれば、こんな真夜中に、こんなひと気の無い森の奥で、こんなに気味の悪い屋敷を訪れようとしている私を、さぞ羨ましがるに違いない。けれど私は好き好んでこんな不気味な場所にやって来た訳ではない。望んだ結果ではあるけれど、こんな所だと分かっていたら、きっと来なかっただろう。

 振り返ると、私を乗せてきたタクシーはもうどこかへ消えていた。あのタクシーのおじさんも、何か一言教えてくれたら良かったのに。いや、おじさんと言うほど年は取ってなかったけど。ナビに住所を入れた時に、ちょっとおかしいと思ったはずだ。こんな深夜の山奥に女1人で来るなんて、私自身意味が分からないんだから。なんだったら、付いてきてくれても良かったんだけど。その分の料金は払うからさ……。
 いや、もしかしたら、私が何か見てはいけない物に見えてたのかもしれない。……笑えない。明るい見た目じゃないのは認めるけど、さすがにそれは笑えないよ。

 でも、だから、こんな所にいるんだ。
 別に自分の性格が嫌いな訳じゃないけど、人に受けのいいタイプじゃないのは分かってる。暗くはないと思うよ。だからって明るいかと言うと、どうかな。まさか幽霊に見えるなんて事はないと信じたいけれど、乗車してから一言も喋らずこんな山奥まで来る女って、そりゃちょっと怖いよね。でも知らない人と話すのは苦手なんだ。頭の中では、色々考えてるんだけどな。なんにせよ、そんな自分だから、今ここにいる。

 いつも自分が幸せじゃない気がしてた。それで占いにはまって、色んな占い師に見てもらって、それでも何も変わらなくて、こないだSNSで知らない人に教えてもらった「よく当たる心霊占い」というのをやってもらおうと思って、それで、道も知らない、町の名前も知らないこんな場所にやって来たのが、今の私。

ボードゲーム「ミステリウム」のカラス

 心霊占いって知ってる? 知らないよね。よくありそうな名前だから、知ってる気がするかもしれないけど。
 なんでも、古い洋館で殺された女の人が、霊になって、訪れた人の運命を占ってくれるらしいんだ。ネタみたいな話だけど、私も冗談半分で申し込んで、でもさ、無惨に殺された人の霊が出てくるって、この時間にこのロケーションは、さすがにマズイでしょ。洒落になんないよ。でも前払いだったから、引き返すのもつまんない。結構高かったんだよ。お金を無駄にする恐怖と、今この目の前にある恐怖、どっちが怖いかって言ったら、ちょっとだけお金かな。

ボードゲーム「ミステリウム」の建物イラスト

 呼び鈴のような物が見当たらないので、ノックしてみた。何かもうさっきからずっと、刺すような視線を360度から感じるんだけど、気のせいだよね。怖いと思うから怖いんだ。ただの夜の森だ。むしろ誰かいるなら一緒に入ってくれないかな。

 3回ノックしてやっと出てきたのは、小柄なお爺さんだった。いや、お爺さんに見えたけど、妙に肌ツヤがいいし、深いシワは目立つけど小ジワはあんまりないから、もっと若いかもしれない。よく見てるでしょ。そういうとこ、よく見ちゃうんだよね。あとは目の下にあざがあったね。まだあるよ。あざの下に小さなほくろ。昔から観察力だけはあるんだよね。役に立った事はないけど。それはいいとして、とりあえず、ちゃんと人がいてくれて良かった。

ボードゲーム「ミステリウム」の衝立イラスト

 お屋敷は中もすごく広かった。きっとかなり歴史のある建物なんだろうな。薄暗くて、明かりも蝋燭だし、雰囲気作りは100点。でも全然嬉しくないよ。もう少し明るくてもいいと思う。お爺さんの顔も光の当たり方が怖いんだよ。これじゃお客さん逃げちゃうよ。占いはともかく、ちょっとホラー感が強すぎました、ってレビューに書いてやる。

 お爺さんかおじさんかよく分からない人は、丁寧に歓迎や労いの言葉を掛けながら、私を小さな部屋に案内してくれた。

ボードゲーム「ミステリウム」のドアのイラスト

 部屋の中も暗かった。壁際に置かれた机の燭台だけが、この部屋の明かりだ。それと今は、お爺さんが持っている蝋燭の明かり。
 部屋には壁に向かって机と椅子のセットが1つ置かれている。なんて言うか、取調室みたいな感じ。ただ取調室と違うのは、机が壁にぴったりくっ付いてる事。机の上には壁からせり出した大きなボックスみたいな物が乗っていて、ボックスのこちら側の面には垂れ幕が掛かってる。人形劇で、今から始まりますよ、っていう感じの幕。下の方が少し開いてるけど、向こう側は見えない。

 促されるまま椅子に座ると、お爺さんが占いの説明を始めた。

ボードゲーム「ミステリウム」の壁の絵

 まず、占うのは、幽霊。ここで殺されたという女の人の幽霊だ。これは事前の情報の通り。

 それから、幽霊は、喋らない。えっ。どういう事。まあ、確かに幽霊は喋らない気がするけど、じゃあどうやって占うの、っていうと、私が何かを質問すると、この机の垂れ幕の中から、カードを出して答えるらしい。ちょっと聞いてた話と違う気がするけど、今さら気にしない。カードには絵が描いてあって、その絵が私の求めている答えなんだそうだ。
 私の解釈次第かよ、それって私の匙加減じゃないの、って思ったけど、私がカードから感じた事が、私の深層心理を表してるとか、私の守護霊がそう感じさせたとか、そういう事なのかな。よく分からないけど、お爺さん、いいよ、説明を続けて。早く終わらせて帰りたい。

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 一通り説明が終わると、お爺さんは机にベルを置いて出て行った。終わったらこのベルを鳴らすらしい。締め切った部屋でベルなんて鳴らして聞こえるのかな。もしかして扉の前に待機してくれてるんだったら、ちょっと安心。だって今幽霊と2人っきりなんでしょ、この部屋。

 最初の質問は何にしようかと迷ったけど、とりあえず様子見で「私の性格の良くない所を教えて下さい」と聞いてみた。

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 おお、ほんとに出てきた。カジノでディーラーがシャッと配るみたいに、程よい力加減で滑ってきた。ずいぶんテクニカルな幽霊だな。なんか自分が今、とんでもなく滑稽な事をしている気がしてきたけど、余計な事は考えない。集中集中。

 さて、よく見たら、何なのこれ。悪魔みたいな赤く光る目と、並んだ斧……。確か私の性格について質問したはずだけど。これってどう見ても猟奇的なやつだよね。でも、まあ、良くない所を尋ねたから、私の闇の部分を抽出してしまったかな。良い所を質問したら、きっともっと天使とか花畑みたいなカードが出てきてたよね。
 それにしても怖いカードだな。他の質問してもこんな感じなのかな。お腹痛くなりそう。けどこれが私の悪い性格のイメージなのか。自分を見つめ直すいい機会になればいいけど。

 次の質問は何にしようか。なんかさっきの悪魔カードのせいで残りに期待が持てないんだけど、さすがにあれだけで帰ったら立ち直れなさそうだから、もうちょっと元気が出そうなやつ、なんだろう、例えば、私の顔って、そんなに悪くないと思うんだけど、実際どう思いますか? って私は何を聞いてるんだ。ああ、ほんとに聞いてしまった。相手は幽霊だぞ。幽霊に遠回しに私は可愛いかって聞いてどうなるんだ。いや、幽霊じゃなくて、占い師だから大丈夫か。違う。占い師に自分の顔の評価を求めてどうするんだ。私は何がしたいんだ。

 カードが出てきた。

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 これは、ええと、これが私? なんていうか、虫? なんか派手な遊郭が出てくるアニメで、あ、とか言ってそうだけど、私?

 これはどう解釈したらいいんだろう。この白い顔は仮面だよね。つまり他人から見えている私は、本来の私ではない。本当の私は、仮面の下、この毛むくじゃらの……。違う。やり直し。
 これは虫に見えるけど、虫じゃない。妖怪だ。だめ。やり直し。
 これはあれだ。海外のホラー映画で殺人鬼が被ってるマスク。だけどちょっと悲しそうな目をしてる。ほんとは殺したくない、だけど殺人衝動が抑えきれない。人を殺めては、後悔の涙を流す。いや、私の顔の話だぞ。だめだ。何をやっても悪い方向にしかいかない。本当に幽霊なのか? 誰かが壁の向こうで、こんな私を見て笑ってるんじゃないのか。

 なんだか腹が立ってきた。幽霊だか何だか知らないけど、超えちゃったんじゃないかな。超えてはいけない、私の一線を。怖さもどっかいっちゃったし、適当に流して、飽きたら帰ろう。

 今までの質問は、現実の私に寄りすぎた。もっと未来の私を占ってもらおう。例えば、私の運命を変えるような出会いは、いつやって来ますか? こういうやつだ。ほら、お得意のカードとやらを出してみな。

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 これは、大砲だね。それも今発射されたばかり。え、って事は、もう動き出してるって事? 運命を変えるような出会いが始まってる……。いつ? こないだ職場に中途採用で入ってきたあの人かな。いや、でもこのカード、夜だよね。たった今発射されたばっかりで、夜って事は、もしかして、さっきのタクシーの運転手? いやいや、まさか。
 あっ、そう言えば、何日か前の夜、あった。マンションの玄関で、オートロックが上手く作動しなくて困ってた時に、タイミングよく出てきた人。若くて、学生くらいの年に見えたけど、あり得る。いや、あり得ないか。嘘。あり得る。ちょっとこれは一旦持ち帰って、じっくり考えてみなきゃいけない。

 なるほど。こういう言われなきゃ見逃してたような出来事にも気づかせてくれるのが、このカードなのか。面白くなってきたよ。次にいってみよう。次は、そう、ええと、マンションの玄関のやつを、もうちょっと見てみたい。

 その出会いは、どこで起こりますか?

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 来た。この積み上がった感じ。これはどう見てもマンションでしょ。そう言えばうちのマンション、外壁にこんな三角形の模様があった気がする。この下に散らばってる丸い物は、こないだ管理人のおじさんが、ネズミが出たからって言って撒いてた毒団子みたいなやつだ。

 ちょっと、怖いくらい一致してる。幽霊占い、すごいかもしれない。ああ、でももうすぐ時間だ。次が最後の質問になりそう。しっかり考えなきゃ。

 何か、決定的な何かが欲しい。ぼんやりとした希望が、はっきりとした確信に変わる物。そう、物だ。物にしよう。最後の質問は、これだ。
 その出会いが、次のステージに進むために必要な、キーとなるアイテム。そのアイテムが出てきたら、私の出会いは終わり。出会いは次の段階に進むんだ。そのアイテムは、何ですか?

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 これは蝋燭と、階段。それから、これは何だっけ、動物の罠に使う、なんとかばさみ、かにばさみ? 違うか。とにかくそんな物。
 蝋燭は、キャンドル、そうだ、この前おしゃれな雑貨屋さんでアロマキャンドルを買ったんだ。いい匂いがして、一回だけ火を付けたけど、ほとんど新品のまま残ってる。それと、階段と、罠。どうしたらいいんだろう。マンションの階段? そう言えば、今度エレベーターの点検で階段しか使えない日があるって貼り出されてた気がする。

 マンションの階段に、罠を仕掛けるんだ。もちろん、恋の罠。あ、ちょっと待って、今のは無し。今のはヤバい。今のワードは危険だ。破壊力がありすぎる。良い意味でも悪い意味でも。
 とにかくマンションの階段に、何かを仕掛けるんだ。アロマキャンドルを、階段に置く? それで物陰に隠れて、あの人が通りかかった瞬間、すみません、キャンドル落としちゃったみたいで、って、そんなのある? ちょっと違う趣味に思われそう。
 いや、別にキャンドルそのものじゃなくてもいいんだ。アロマの香り。香りだけでいいんだ。エレベーターの点検、階段、偶然の出会い、ふと香る、アロマの芳香……。

 別に無理してそう仕向けなくていいんだよね。運命だから、きっとそうなるんだ。私は自然にしていればいい。ただ、何日か前から、あのキャンドルを焚いておけばいいんだ。

ボードゲーム「ミステリウム」の時計

 そう考えると、いても立ってもいられなくなってきた。カードを机に放り出したまま、つまずくように立ち上がって部屋を出ると、お爺さんが階段を降りてくるところだった。手には蝋燭と、大きな剪定バサミのような物を持っている。こんな時間に庭木の剪定だろうか。お爺さんは慌てたようにして、ぎこちない笑みを浮かべている。
 あ、そうか、終わったらベルを鳴らさないといけないんだった。焦ってすっかり忘れてた。お爺さん、驚かせてごめんね。

 それからお爺さんは、今回の占いで幽霊が出したカードを最後にプレゼントするからと言って、別の部屋に案内した。私は早く帰ってキャンドルを焚きたくて気が気じゃなかったけど、せっかくだから記念にもらって帰る事にした。

ボードゲーム「ミステリウム」のカード

 待っている間、お爺さんが出してくれた紅茶を飲みながら、帰りのタクシーを配車アプリで手配した。ここから近くに1台いるらしい。所要時間10分と出ている。すごいタイミング。ついてる。いや、もしかしてさっきのタクシーの運転手さんが、私を心配して近くで待っててくれたとか? いや、そんな都合のいい話あるわけないか。ちょっと調子に乗り過ぎてるね。

 この紅茶、美味しい。見える景色が違うだけで、味も違って感じるのかな。あ、景色ってのは、ほんとの景色と、心の景色、2つに掛けてみたんだけど、わかったかな。そんな風に、1つの物事が、2つの意味を持つ事がある。もっとたくさんの意味を持つ事だってある。ちょっと角度を変えるだけで、全然違って見える。さっきのカードだってそう。どう見るかで、全く違う物が見えてくる。もしかしたら、あの虫だって可愛く見える人もいるかもしれない。心霊占い、帰ったら星たくさん付けてあげよう。

 この部屋も、すごいな。昔は書斎として使われてたのかな。壁が全部本棚になってる。推理小説とかだと、どれか一冊がスイッチになってて、壁がぐるっと回転して秘密の部屋が現れるんだよね。
 さっきの幽霊、本物だったのかな。もしほんとにここで殺された人の幽霊だったのなら、呑気に占いなんかしてる場合じゃないよ。私だったら、殺した相手を見つけて呪い殺してやるか、悪事を暴いて成仏したいって思うけどね。まあ、幽霊には幽霊の事情があるか。

 ふわあ、なんだかちょっと眠たくなってきた。今日は色々あったから、疲れちゃった。それにしても、お爺さん遅いな。タクシーも、まだかなあ……。