SOLENIA ソレニア

2018 / Sébastien Dujardin

ボードゲーム「ソレニア」の箱表面

 「ソレニア」というゲームがある。名前だけ聞いても、どんなゲームか想像がつかないだろう。

 ソレニアは、この世界とは別の、どこか遠くの世界を舞台にしたゲームだ。ソレニアというのは惑星の名前なので、もしかしたらこの宇宙のどこかに、そんな名前の星があるのかもしれない。

 その惑星ソレニアは、昼と夜がずっと変わらない。星の半分はずっと昼で、反対側はずっと夜だ。そんな星で、昼の島から夜の島へ、夜の島から昼の島へ、またある時は昼の島から昼の島へ、生活に必要な物資を届ける仕事をしている人たちがいる。このゲームは、その配達人たちを主人公にしたゲームだ。

 僕はソレニアを遊んだ時、そんな惑星の事情をなんとなくは知っていたけれど、実際のゲームの中で、いまいち自分が何をやっているのか良くわからなかった。意味はわかっていても、何と言うか、共感が付いてこないんだ。だって僕はソレニアという惑星に行ったこともないし、その星がどういう星なのか、全然知らなかったんだもの。

 そんな僕が今日ソレニアの事を考えているのは、先日僕の家の近くに、新しく「ソレニア文化史博物館」というのが開館したらしいからだ。ちょうど日曜日で暇だったし、ちょっと散歩がてら行ってみようかな、という気になって、履いて行く靴下をどれにしようか迷いながら、僕はそんな事を考えていたんだ。

ボードゲーム「ソレニア」の箱側面
ボードゲーム「ソレニア」の箱裏面

 博物館は、家から歩いて10分くらいの所にあった。いつもだったら気にも留めないような小さな茂みの横に「ソレニア文化史博物館」と書かれた看板が立っていた。
 どこから入るんだろうと思って茂みを覗き込むと、誰かが歩いたように草が踏み倒されていて、それが奥の方まで続いている。できたばっかりの博物館だから、きっとまだ道も無いんだな。僕は折れた草を踏まないようにしながら、茂みの奥へと入った。

 その小さな建物は、木立の中に眠るように建っていた。古い洋館のようで、ずっと昔からそこにあったみたいに、風景に溶け込んでいた。背の高い草花が窓を隠すように伸び、平屋の低い屋根には木々が枝を下ろしている。

 入り口には白いプレートに青いペンキで、ソレニアなんとかかんとかと言う英語らしき文字が書いてあった。その下には金属で型抜きされた「OPEN」の文字が揺れている。ベルを鳴らしても誰も出て来ないので、ちょっと迷ったけれど、そのまま入る事にした。

ボードゲーム「ソレニア」の輸送船

 まず目に飛び込んできたのは、大きな船だった。天井から吊り下げられたその立派な模型の船は、風のない館内でゆっくりと回転している。船体は薄くて前後に長く、ヒレのような形をしたたくさんのパーツが、空中を掻くように揺れている。

 この船は知っている。惑星ソレニアで、物資を運ぶ配達人たちが使っている船だ。ここには1つしか展示されていないけれど、他にもいくつか種類があったはずだ。でも大まかな形は皆同じだから、もしかしたら元は同じだった船を、船長が自分の好きなように色を塗ったり、飾り立てているのかもしれない。

ボードゲーム「ソレニア」の輸送船

 下を見ると、ガラスケースの中に小さな模型がいくつか入っている。そうそう、これだ。ここにあった。こんな風に違う装飾の船があって、みんな個性豊かで面白いんだ。ケースの端っこには「惑星ソレニアの輸送船」と書いたプレートが付けてある。

 この船は、空を飛ぶ。
 空を飛んで、島から島へ、物資を運びながら旅をするのだ。惑星ソレニアは島も空に浮かんでいるから、生活も、旅も、全て空の上だ。水の上を行く船のように水面に浮かんでいる訳ではないので、僕たちの知っている船とはちょっと形が違う。空中を自由に飛び回れる形、それはまるで水中を泳ぐ魚の形だ。

ボードゲーム「ソレニア」の輸送船保管庫

 それから船の外観で特徴的なのは、船体側面にずらっと並んだ保管庫だ。この船は輸送船だから、ここにたくさんの物資を詰められるようになっている。惑星ソレニアでは夜が続く北半球とずっと昼の南半球、その2種類の環境で取れる資源が違っているので、北から南へ、南から北へと、輸送船はかなり長い距離を旅する必要があり、そのためできる限りたくさんの物資を一度に運べるように、船内のスペースのほとんどは船倉が占めていると、ケースの下に解説されていた。

 この船に乗って旅をしたら、どんな気分だろう。大空を悠然と進む魚の体内で、みんなどんな話をしているんだろう。窓から雲を眺めて、泣いたり、笑ったりしているんだろうか。

ボードゲーム「ソレニア」の輸送船拡大

 改めて館内を見渡すと、小さな空間に、ガラスケースやポスター、模型などの展示物が所狭しと飾ってある。部屋はここともう1つ、あとは閉じられた扉と、2階に上がる階段は「立入禁止」の札が塞いでいる。

ボードゲーム「ソレニア」の資源駒

 僕は近くのガラスケースを覗いてみた。ケースの中には、透明な樹脂のようなキューブに封入されて、僕の目にも見慣れた物がいくつか展示されていた。
 石や木材の断片、小麦の穂、それから無色透明の液体。札には「惑星ソレニアの主要な産物」と書いてある。透明の液体は水だ。それぞれのキューブの背景には、産地を紹介する写真が飾られている。

ボードゲーム「ソレニア」のボードと資源駒

 惑星ソレニアでは、資源を産出する特徴的な4種類の島がある。それは空に点在していて、さっきの解説にも書いてあったけれど、昼の半球と夜の半球では分布が異なっているらしい。だから自分の住んでいる半球で取れにくい物は、星の反対側から持ってきてもらわなきゃいけない。
 ガラスケースの中も昼と夜のイメージに分けられていて、その真ん中に、昼と夜をまたぐように小さな輸送船の模型が置かれている。

ボードゲーム「ソレニア」の小麦と木材

 昼の半球では、強い日差しと温暖な気候を利用して、小麦作りと木材の加工が盛んだ。小麦は大事な食料になるし、木材も建築や工芸に無くてはならないので、これらが不足する夜の半球に運んであげないといけない。

ボードゲーム「ソレニア」の水と石材

 反対に、夜の半球には石材と水が豊富にある。この2種類の資源は、昼の半球では不足している。年がら年中、水が不足しているなんて大変だな。でもずっと日照りが続いている訳だから、砂漠に近い地域も多いのかもしれない。

 僕は腹の中に目一杯水を飲み込んで、苦しそうに泳ぐ魚を想像した。浮き袋がいくらあっても足りない。今にも深い深い空の底に沈んでしまいそうだ。しかし、それでも魚は泳ぐ。あの雲を抜けた先、眩しい光の照らす所に、昼の人たちが待っているのだ。

ボードゲーム「ソレニア」の星チップ

 4つのキューブの隣に、キラキラと光を反射する物があった。小さな金色の欠片が、石の器に入れてある。
 これは、星だ。本当にあったんだ。僕は、きっと、形の無い勝利の物差しだと思っていた。ゲームの中では、配達人たちが物資を届けた時にもらえる得点を表す星のチップが、こうして、現実に存在している。本当に、星の形をして、それで、こんなに光っている……。

 星の前には、「名誉の証明」とだけ書いてある。他には何の説明も無い。
 そうだ。これは証明なんだ。もしかしたらソレニアの世界では、この星のチップが、お金のように何かと交換されるのかもしれない。配達人だって生活があるから、配達の見返りにもらった星のチップと引き換えに、何かをもらう事もあるのかもしれない。
 でも、そんな事は関係ないんだ。昼に暮らす人達と、夜に暮らす人達、惑星に暮らす全ての人達が、元気に生きていくために無くてはならない仕事。空の旅はときに危険も伴うだろう。家族と離れて長旅に出る事だってあるかもしれない。それでも配達人たちは物資を運び続ける。

 それはこの星のようにキラキラとして、何よりも輝いているに違いない。この星の欠片に、これ以上の説明はいらない。これは、ただ、彼らの名誉の証明なんだ。

ボードゲーム「ソレニア」の大型母船

 僕はしばらく星を眺めてから、隣の展示に目を移した。
 見ると、「ソレニア産木材で製作されたキャビネット」という棚の上に、大きな飛行船の模型が置かれている。小さな札には「輸送船を導く大型母船」と書いてある。
 母船の横には大きさを比べるための輸送船模型も置かれていて、猫とネズミほどの差があり、母船の巨大さが良くわかる。

 惑星ソレニアの輸送船は、この母船を中心とした輸送船団として移動する。恐らく母船が燃料などの補給船の役割も兼ねているのだろう、輸送船はあまり母船から離れて航行できない事になっている。
 もし一定以上に離れたければ、手持ちの物資を燃料にして航続距離を伸ばせる機構も搭載されている。つまり、そこまでして届けなければいけない物資があるという事だ。

ボードゲーム「ソレニア」の母船とボード

 物資の輸送についてもっと詳しい展示は無いかと思い探してみると、奥の部屋に「活躍する輸送船」と題された一角があった。
 題字の下には海図のようなイメージが大きく引き伸ばされ、その上に輸送船の活動の様子がたくさんの写真と文章で紹介されている。1枚目の写真に目をやると、巨大な樹木と切り出された木材、そしてそれらを船に積み込む人たちの姿が写されていた。

ボードゲーム「ソレニア」の浮遊都市

 惑星ソレニアには大きく分けて2種類の島がある。1つは資源の産出が主な役割である島。これはさっき樹脂のキューブとして展示されていたように、資源の種類によってさらに4種類に分けられる。もう1つは、人々の主な居住地である島、いわゆる浮遊都市だ。

 輸送船の役目は、4種類の資源の島で必要な物資を調達し、それを浮遊都市に運ぶ事だ。もちろん資源の島にも人は多少住んでいるはずだけれど、恐らく数が少ないんだろう、そこでの必要物資は資源調達のついでに渡す程度で済んでいると思われる。

 そうして母船から付かず離れずの距離を保ちながら、それぞれの船が独自のルートで調達と配達を繰り返す。他の写真を見ると、浮遊都市で積荷を下ろす船員たちが写っている。周りには、船を心待ちにしていたであろう人々が集まり、手や旗を振り歓迎する様子が見える。表情までは読み取れないけれど、きっとみんな船員たちを労うように、憧れるように、眩しくほころんだ顔をしているんだろう。

ボードゲーム「ソレニア」のボードとカード

 写真展示の下には、何かたくさんの紙片がガラスケースの中に飾られていた。
 これは何だろう。よく見ると、古びた封筒と、手書きの文字で埋められた便箋のように見える。中には布の切れ端に書き殴っただけの物もあった。ケースには「船員たちに宛てられた手紙」と書いてある。

 内容は分からなかった。文字は崩れていてどこの言葉かも分からない。しかし、なんとなく思い当たる事があった。
 ゲームの中で母船が進むと、通り過ぎた島々がその背後に消えて行く時、資源や星チップを獲得できる仕組みになっている。僕は初めてゲームをした時、どうして遠ざかる島から突然資源が獲得できるんだろうと思った。そしてそれは、何回遊んでも分からないままだった。

 しかし今、何となく分かった気がする。
 この手紙は、どれもきっと感謝の手紙なのだろう。そしてそれは、輸送船団が遠くに飛び去る時、配達を受けた島の住人が輸送船に向けて送った手紙なのだと思う。住人はきっと小さな個人船に一握りの資源を載せて、飛び去る輸送船を追いかけて手紙とともに餞別として渡したんじゃないだろうか。
 もちろん、用意できる資源は限られているだろう。だからほんの少しの資源か、ある時は星チップを代わりにしたのかもしれない。

 この手紙の内容は分からないけれど、きっとそうやって渡された手紙を船員たちが大事に仕舞っていて、その一部が今ここにあるんだ。僕は読めもしない手紙を眺めながら、そう強く確信していた。

ボードゲーム「ソレニア」のカスタムタイル

 そのまま部屋の奥に進むと、ひときわ大きな機械が、床から一段高くなった台座に置かれていた。僕の背丈ほどもあるその機械は、鉄ともプラスチックとも言えない滑らかな質感と、表面に淡い光を帯びていて、レプリカではない、ソレニアから運んできた本物の機械なのだと一目で感じさせた。

 「輸送船の拡張部品(一部)」と書かれたプレートの下には、部品と輸送船の接続部を表す図面が描かれている。詳しい機械の知識は無いけれど、これは恐らく輸送船に機能拡張を施す機械だ。

 輸送船が浮遊都市に物資を配達した時、ゲームでも星のチップと同時にこんな拡張部品をもらえる。都市で配達のついでに調達しているのか、それとも物資と交換する制度になっているのかは分からないが、何にせよこの部品を取り付ける事によって、輸送船は色々な機能拡張をする事ができる。それは資源の調達を有利にする物であったり、材料無く資源を合成する物であったりと様々だ。

ボードゲーム「ソレニア」の輸送船とカスタムタイル

 僕は見た事もない金属のようなその表面に触れてみようと手を伸ばした。指先が淡い光の層に触れようとした、その時、ふと、風が吹いた。

 締め切った館内だ。どこから風が入ってきたのだろう。風というよりは、館内の空気が一瞬膨張したような、そんな感じだった。室内を見回したけれど、特に変わった所は無い。隣の部屋に戻ってみても、何一つおかしな様子は無い。よく見ると、2階への階段を塞いでいる紐に下げられた「立入禁止」の札が、僅かに揺れている。

 僕は階段に近寄ってみた。この上には何があるのだろう。何気なく見上げた僕の頭に、妙な違和感が芽生えた。
 何かがおかしい。この階段は、どこに繋がっているのか。確か外から見た時、この建物は平屋建てだったはずだ。2階があるはずがない。屋根にでも出るというのだろうか?

 僕は首筋が汗ばむのを感じた。自分の心臓の音が、何かが階段を降りてくる足音のように聞こえる。札はまだ揺れている。僕は階段の手摺りに手を伸ばしかけて、館内を振り返って、何度か息をして、それから、手を引っ込めた。

ボードゲーム「ソレニア」のプレイ風景

 博物館を出ると、柔らかな黄色い光が木立に掛かっていた。どのくらいの時間いたんだろう。改めて見ても、やっぱり2階は無い。相変わらず小さな建物が、暖かな日差しを一身に浴びている。

 入ってきた時と同じ足跡を辿るように、草むらを抜け、通りに出た。ちょっと歩いて、ふと何か、さっき見た物が全部夢だったような気がして、振り返ってみた。茂みの横には、まだ小さな看板が立っている。何が書いてあるかは、もうここからは見えない。

 あの階段がどこに続いていたのか、僕はこれからも知る事はないだろう。どこに繋がっていたとしても、そんな事は気にしなくていい。昼と夜が代わりばんこにやってくる不思議な町、これが僕の世界だ。

 惑星ソレニア。昼と夜がずっと変わらない星。そこで生きる人々の、命を繋ぐ仕事がある。それは何よりも勇敢で、強くて、優しい。
 僕の持っているゲームは、そんな人達を主人公にしたゲームだ。ずっと分からなかったけれど、やっとそれが分かった。穏やかな午後の光が、このバス通りと、僕の頭にも満ちてくる。今、僕には、それだけで十分だ。