2009 / Ignacy Trzewiczek
ここに1つのボードゲームがある。
さて、このゲームを紹介しようという時、どのように話せば一番興味を持ってもらえるんだろう、と考える。ルールを隅々まで説明しても、ボードゲームに慣れていない人にはチンプンカンプンだろうし、かと言って僕の感想をつらつらと連ねても、どこの馬の骨をしゃぶっているかわからない人間の感想など、まともに聞いてくれるのかもわからない。
このゲームは、砦を守るゲームだ。同時に、砦を攻めるゲームでもある。基本的には2人用で、守る側である人間の兵士側と、攻める側であるゴブリン側に分かれて戦う。
そしてルールが非常に多く、複雑だ。全てを隈なく説明すると、8割の人は途中で寝てしまうだろう。電車の駅を乗り過ごしたら、僕の責任だ。
そういう訳で、僕1人で説明するには荷が重いし、せっかく2つの陣営に分かれて戦うんだから、当事者である兵士とゴブリンの御二方に来て頂いて、フランクに話を聞いてみようというのが、今回の趣旨である。
戦闘中の所を無理を言って来てもらうため、あまり時間を取らせるわけにもいかない。早速入場して頂こう。
僕「では、今回はお忙しいところありがとうございます」
兵士(以下、兵)「よろしくお願い致します」
ゴブリン(以下、ゴ)「はいはい、どうも」
僕「まずは簡単に自己紹介をお願いできますか。兵士さんから、お願いします」
兵「兵士です。砦を守っております」
僕・兵・ゴ「……」
ゴ「それだけかよ! 思わず突っ込んじまったよ。人間ってやつは面白くねえというか何というか、真面目っつったら聞こえはいいんだろうけども……。まあいい。俺はゴブリンだ。砦を攻めるのが仕事だ」
僕・兵・ゴ「……」
ゴ「ん? ああ、そういうことかよ。確かに何か話せって言われても何も出てこねえな。あんた、上手いこと俺たちから聞き出してくれ」
僕「頑張ります。それではまず、お二人の所属する両陣営について聞かせてください」
兵「私は現在異種族の侵攻が激しいこの辺りの地域で、要衝であるこの砦を守備する部隊に属しています。私の配属は城壁ですが、他にも城門や内部の各種施設、大聖堂や病院などでそれぞれが職務や聖務に当たっています」
ゴ「おやおや、急に饒舌になったよ、この人」
兵「すみません、任務の事ならいくらでも話せるのですが、自分の事となると、何を話したらいいのか……」
僕「砦の中には結構色んな人達がいるんですね。兵士さんのような、実際に戦闘に参加する人は他にどんな配属があるんですか?」
兵「私は城壁の防衛ですが、他には、塔に配置される弓兵や、中庭には儀仗兵も詰めています」
ゴ「あとはあの偉そうな奴らとかな」
兵「失敬ですよ、あなた。一部の勇猛な戦士や将校は、特に決まった配属先が無く、戦況に応じて移動しながら、前線を鼓舞して回ります」
僕「なるほど。ではゴブリンさん側はどうでしょう」
ゴ「俺達は、まあ知ってるだろうが、いくつかの魔族がつるんで軍隊を作ってる。人間から見分けが付くか知らねえが、俺らゴブリンと、俺らによく似てるが肌が葉っぱみてえな色をしてるオーク、それからトロールだ。トロールは簡単にわかるだろう。俺らの群れの中で、体が半分突き出してるデカブツが奴らさ」
僕「魔族の皆さんをまとめているのは誰なんです?」
ゴ「俺らの総大将のことか? そんなもんは知らねえ。知ってたって言っちゃいけねえんだ。その名前を口にしたら俺たちはお終いなんだ」
兵「魔物風情にも貴き存在を畏れ敬う心はあるのですね」
ゴ「……なんだと?」
僕「ああ、はいはい、次! 次に行きましょう! とりあえず座ってください。不勉強な質問で失礼致しました。それでは次ですが、少し攻城戦について教えてください。ここまで行ったら攻める側の勝ち、みたいなポイントはあるんですか?」
ゴ「俺達は砦に入れば勝ちだ。数では圧倒してるからな。中に雪崩れ込めば、後はちょちょいよ」
兵「その言い様は受け入れ難いですが、確かにその通りです。ですから私達は、主な侵入経路である城壁と城門を中心に守備しています」
僕「城壁にはどうやって登るんですか?」
ゴ「はあ? おめえ馬鹿か? 梯子だよ、まさか俺らが蜘蛛みてえに壁に張り付いて登るとでも思ったか? 何でも聞きゃ教えてもらえるってわけじゃねえぞ」
兵「無知は罪なり、知は空虚なり」
僕「……」
ゴ「もしかしてあれか? 攻城塔の事を聞きたかったのか?」
僕「あ、いえ、特に……、いや、そう! それが聞きたかったんです」
ゴ「攻城塔はとっておきだ。簡単に出せるもんんじゃねえ。ここぞって時にお披露目するもんだな。あれを出した時の人間達の……蝙蝠が豆鉄砲を食ったような顔と言ったら……くっくっく……」
兵「そしたら大砲で粉砕するまでです」
僕「わかりました。それでは、城門を破る時はどうでしょう。きっと何か、大きな丸太のような物で突撃するイメージですが」
ゴ「丸太じゃなくて破城槌って言うんだぜ。車輪も屋根も付いてる」
兵「破城槌は建造に時間を要します。ですから準備が始まれば迅速に対処したい所ではありますが、その忌々しい屋根のせいで、近接した城壁からの射撃か、物見櫓に接続した塔からの砲撃しか効果がありません。しかし対処が遅れると致命的になり兼ねませんので、城門付近の守備は厚くしております」
僕「城壁と城門、そこが攻守の要点になるわけですね。では他に両陣営が用いる兵器はどのような物があるのでしょうか」
ゴ「俺らが使うのは、さっきも言ったが攻城塔に破城槌、それからバリスタ、これは設置式のでかい弓だな。石を詰めて発射する。人間ならイチコロだが、城壁は壊せねえ」
兵「余り命中もしませんがね」
ゴ「黙ってな。城壁を壊すにはカタパルトだ。投石器ってやつだな。こいつはもっとでけえ岩をどかどか投げれる。城壁を壊すと言うよりは、城壁の補強材を壊す。石材とか、木材とか、そういうのだ。それを壊しておけば、俺らが攻め込みやすくなるってわけだ」
僕「なるほど。城壁への攻撃支援で使用するのがバリスタとカタパルトというわけですね」
ゴ「それだけじゃねえ。まだあるぞ。カタパルトの難点は、射程が短えってことだ。基本的には近くの城壁しか狙えねえから、取り回しが悪い。そこで登場するのがトレビュシェットだ。こいつはイカすぜ。デカさも相当なもんだが、その分よく飛ぶ。砦の半分くらいはこれ1つでカバーできる」
僕「トレビュシェットですか。初めて聞く言葉ですね」
ゴ「今度俺らの野営地に来いよ。見せてやるぜ。ただ置いてあるのは前線だから、命の保証はねえけどな」
僕「そうですね、機会があれば……という事にしておきます。兵士さん側の兵器はいかがですか?」
兵「我々が用いるのは、ポール、油釜、それから魔物は火薬を扱えませんが、我々には大砲があります」
ゴ「けっ。俺らには魔術があるから火薬なんて要らねえんだよ」
僕「大砲はわかりますが、ポールと油釜はどういった物でしょうか」
兵「ポールは塔に設置される装置で、木製の腕にロープと鉤爪が付いたような物です」
僕「クレーンみたいな物ですね。それでは、油釜は?」
ゴ「人間様が発明した世界一残酷なお釜さ。城壁を登ってる最中にそいつを喰らった俺の仲間はみんな、死ぬよりもひでえ苦しみを味わったよ。結局みんな死んじまったけどな」
兵「……」
僕「……」
兵「……魔族にも神は在るのですか。異教の神が」
ゴ「神なんてもんはいねえ。いたとしても、俺らが知らねえ神は、俺らを助けてもくれねえって事だろ。俺らは何も信じちゃいねえんだ。死んだら腐るだけさ」
兵「ああ……、神よ、この哀れな者達にも御手を差し伸べる事はできないのですか」
ゴ「くだらねえ」
僕「先ほど魔術という言葉がありましたが、具体的にはどういった物でしょう」
ゴ「色々あるぜ。祈祷師が儀式をやるんだが、当然生贄がいる。捧げられるのは俺らゴブリンの命さ。術によって、俺ら何人分、って話だ。ひでえと思うか? だけどそういうもんなんだよ。俺らは生まれついてそういうもんなんだ。術の種類は、火を出す、人間を操る、石に魔力を持たせたり、あの目障りで偉そうな奴らを黙らせたり、他にも色々あるが、まあそんな感じだな」
兵「自らを犠牲にする。その覚悟だけは敵ながら認めても良いかもしれません」
ゴ「けっ。いいな、人間は、気楽で。俺も人間に生まれてりゃあんたらみたいにお気楽になれたのかね」
兵「私達は、神の名の下に、王の為に戦っているのです。払われる犠牲は、常に覚悟の上に積み重なるのです。信念を持たぬ魔物には理解し得ぬ事かもしれませんが」
ゴ「まあ、首から命ぶら下げて剣の先でつつき合ってる限りは、俺らも人間も同じ穴の狢ってわけだ」
僕「戦線でぶつかり合うしかないんですよね。お互いの心の内は、血煙の向こうに霞んでしまって、見ることもできない……」
ゴ「考えたって無駄さ」
僕「さて、話を戻します。砦の内部には、どのような施設があるんですか?」
兵「大砲や油釜などの鉄器を打つ鍛冶場、ポールや防衛用の木製品を作る作業場、兵の訓練所、病院や大聖堂などがあります」
ゴ「俺らは破壊工作員を忍び込ませて、そいつらを滅茶苦茶にするわけだ」
兵「監視塔が機能していれば、それらの工作員は排除できます」
僕「やられたらやり返す手段はお互い持っているわけですね。そんな風にして攻めたり守ったりしながら、最終的に一箇所でも守りを破る事ができればゴブリンさん陣営の勝ち、守り抜く事ができれば兵士さん陣営の勝ち、と。何となく全体が見えてきましたので、最後にお互いのとっておきの秘策などがあれば教えてください」
ゴ「それをここで言っちまっていいのか?」
兵「見くびらないでください。私は一兵卒ですが、騎士道に悖る行為が何であるかくらいは弁えています。それよりも、あなたこそどうなのですか」
ゴ「俺か? けけけ。どうだろうな」
兵「まあいいでしょう。我々の場合は秘策と言える程の物はありませんが、いざとなれば砦中の家具や建具を集めてバリケードを築いたり、地下牢の囚人を解放して戦力に加える事もあります」
ゴ「騎士道が聞いて呆れるぜ」
兵「民が皆一つの志の下に団結して初めて成せる事です」
ゴ「物は言いようだな。俺らの秘策は、そうだな、俺みたいな捨て駒にとっちゃ全くつれえ話ではあるんだが、普通と違う特別な指令があるんだよ。それは頭に直接流れ込んで来る。俺らゴブリンは、そいつで正気を失って暴れまくるんだ。そして最後にゃ死ぬ。オークはもっとひでえもんだぞ。爆発するんだ。人間どもを巻き込んでな。トロールの場合は直接命を取られたりはしねえが、自分の意思とは無関係に、フラフラと死地に誘い寄せられるんだ。生きる木偶人形さ」
僕「壮絶過ぎて言葉も出ません……。この対談が終われば、お二人ともまたそこへ戻るのですね。今日は本当に生々しくも貴重なお話をお聞かせ頂きありがとうございました」
ゴ「こんな話を聞いてどうすんのかわからねえが、まあ楽しかったよ。普段人間と喋る事なんてねえからな」
兵「私も僅かですが魔族というものの捉え方が変わった気がします」
ゴ「けっ。戦場で会ったら、容赦はしねえぞ」
兵「いいでしょう。あなたも私の剣に貫かれぬよう、鎧は二重にしておく事ですね」
ゴ「言うじゃねえか」
そう言って、2人は足早に去っていった。すぐにまた戦地に戻るのだろう。
さて、ここに1つのボードゲームがある。これは攻城戦のゲームだ。攻めるのはゴブリン達魔族の陣営、守るのは人間達。
あなただったら、どちらの立場を選ぶだろうか。どちらが正義で、どちらが悪とは言えない。互いに守るべき信条があり、やむを得ぬ事情があり、それぞれの思いを抱えながら戦っている。どちらを選んでも、血生臭い白兵戦があり、狡猾極まる諜報戦があり、栄光と犠牲がある。あなたは広げられたボードの上で、小さな駒を動かしながら、どんな事を考えるのだろうか。
とりあえず、まずはこの箱を開けてみよう。ボードを広げて、駒を並べたら、生真面目で敬虔な人間の兵士と、ぶっきらぼうだが憎めないゴブリンの姿が、どこかに見つかるかもしれない。
- タイトル
- Stronghold
- デザイナー
- Ignacy Trzewiczek
- アートワーク
- Mariusz Gandzel, Tomasz Jedruszek, Michał Oracz
- パブリッシャー
- Valley Games, Inc.
- 発売年代
- 2000年代
- プレイ人数
- 4人まで
- プレイ時間
- 2時間くらい
- 対象年齢
- 小学校中学年から
- メカニクス
- エリアマジョリティ, ポイント間移動