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渋いアートワークと聞いてまずこれが出てくると想像した人は恐らくいないだろう。
バルーンカップというタイトルの通り、これは気球レースのゲームだ。気球を高く飛ばしたり、低く飛ばしたりして競うゲームだが、今は気球をどこに飛ばそうが好きにしたらいい。見て欲しいのは、この気球のカードだ。
このゲームは2003年の物だが、もし今の時代に気球を飛ばすゲームを作るなら、もっと華やかでキャッチーなカードデザインになると思う。現実世界の気球だって、実に色とりどりで鮮やかだ。
それなのにこのゲームの気球と言ったら、無地で色味も素朴な物ばかりだ。ゲームの仕様上色分けをする必要があるので、わかりやすく無地にしたのだろう。しかしそれにしたって、空に鳥を飛ばしてみたり、草原に間抜けな顔のロバを歩かせてみたり、賑やかな観衆に万歳をさせてみたりしたくなるのが人情だと思うが、このゲームのカードに描かれているのは、遠くの気球、近くの気球、そしてひたすら山、草原だ。
これが実に良い。
地味に見える気球も、よく見たら全て球皮(風船部分)のロードテープ(骨組みとなる線)の形状が異なっており、細かく丁寧な仕事が見て取れる。
似たような気球と風景の絵も、実は高い位置の気球は小さく、低い位置の気球は大きく描かれ、また高いと周りには山ばかりが見え、低いと草原が近づき、最も高度が下がると家が見える。各色のカードは13段階の高度に分けられているので、色の違いと高度の違いで全てのカードデザインがユニークになっている。
と、そんな御託も本当は必要ない。ただ見てもらえればわかる、それが渋いアートワークというものだ。
このゲームで最も渋いカード、それがこのカードだ。ただでさえ子供の気球を人質に取られているんじゃないかというくらいみんなこぞってビビッドな配色を強いられているように見える気球業界において、この灰色無地の気球は異様である。
試しに「気球 グレー」で画像検索してみたらいい。灰色の気球の写真が見つかるだろうか。Googleがバツの悪そうな顔をして、可愛らしい気球の絵がついたグレーのTシャツを申し訳程度にそっと提示するだけだ。
そんな灰色の気球が、カード全体の中で、非常に小さく、ポツンと描かれている。周りに写っているのは荒涼とした山々だ。あなただったらこの寂寥感に耐えられるだろうか。気球のそばを偶然通りかかったアホウドリの親子や、たまたま深宇宙からワープしてきたUFOなどを添えて、この淋しさを少しでも紛らわしたくはならないだろうか。
このゲームのアートワークを手掛けたJurgen Zimmermann氏は、並ならぬ覚悟でそれを成し遂げたのだと思う。
足し算のデザインというのは比較的簡単だ。簡単というか手軽である。色々付け加えていけば、何となく仕上がっていくような錯覚に満足できる。しかし引き算のデザインは難しい。画面を構成する要素が少なくなればなるほど、デザインは誤魔化しが効かなくなり、ミニマルな要素で「完成」だと確信できるためには、磨き上げられた審美眼と豊かな経験が必要だ。
もしあなたがこのゲームをプレイしていて、「なんか地味な絵だなあ」とか「自分だったらもっと色々描き足して賑やかにするのになあ」と思ったら、ちょっと待って欲しい。グラフィックやイラストという物は、ただ華やかでキャッチーであれば良いというわけではない。特に俳句や石庭を生み出してきた日本人には引き算や余韻の美学が遺伝子に織り込まれているはずだ。そんな気持ちで、もう一度このカードを眺めて欲しい。
Balloon Cupは、そんな大切なことを思い出させてくれる、渋いアートワークのゲームだ。
- タイトル
- Balloon Cup
- デザイナー
- Stephen Glenn
- アートワーク
- Jurgen Zimmermann
- パブリッシャー
- KOSMOS
- 発売年代
- 2000年代
- プレイ人数
- 2人用
- プレイ時間
- 30分くらい
- 対象年齢
- 小学校中学年から
- メカニクス
- セットコレクション