【渋アー:第2回】
Die guten und die bösen Geister / ガイスター

(この特集についての詳細はこちらの説明ページをご一読ください)

 渋いアートワークのボードゲーム、もとい、ボードゲームの渋いアートワーク(間違えてはいけない。この違いは重要である)を紹介するこの企画、第2回は、ボードゲーム好きなら知らぬ人はいないこのゲーム「ガイスター」だ。

 ガイスターは海外版も国内版も様々なデザインの物が発売されているが、今回紹介したいのはドライマギア社から発売されていたドイツ語版である。このバージョン以外にも特筆すべきアートワークの物は存在するが、中でもこのドライマギア版の芸術性は傑出している。ボードゲーム界のみならず、芸術史に残るマスターピースと言って良い。

 それでは、箱のアートワークを見て頂こう。初めに断っておくが、今回、箱は開けない。徹頭徹尾、箱の事しか話さない。なぜならこのゲームの渋いアートワークとは、他ならぬ「箱」だからだ。中身の事が知りたければ、Googleという人が親切に教えてくれるだろう。

 さて、何から話せばいいか分からないくらい、全てが感動的だ。しかしやはりまずは、この謎めいたイラストに触れねばなるまい。

 これは何処だろうか。ギリシア建築を思わせるアーチ状の天井を持った空間。冷たい石の床、石柱の並ぶ回廊が、中世ヨーロッパの木版画のようなタッチで描かれている。そして目に飛び込んでくるのは、画面左に座り込んだ人影と、今にも消え入りそうに朧気な輪郭の、そう、幽霊の姿である。

 幽霊はこちらを脅かそうとしているのか、慌てて隠れるところなのか、どちらにしても、悪戯っぽく笑うその顔に悪意は無く、ただ無邪気な遊びに誘っているだけのように見える。古典的で緻密なイラストの中で、その顔だけが妙にコミカルで、見る人の視線を引きつけて離さないだろう。見れば見るほど、見飽きない魅力に溢れている。

 それとは対照的なのが、座った人影である。霞がかった奥の幽霊の描かれ方に比べ、この人影の描線は陰影が深く、手触りを感じるほどリアルだ。一見すると幽霊のようだが、シーツを被った下手な仮装のように嘘っぽくも見える。大きな目出し穴がかろうじて確認できるものの、口の形状はわからない。笑っているのか、怒っているのか、泣いているのか、それとも全くの無表情なのか、見る人は想像するしかない。背格好もどことなく背筋の曲がった老人のようで、子供っぽく笑う奥の幽霊との対比が際立って見える。

 一体この二人の幽霊は、どのような関係なのだろうか。モノクロの線描だからこそ浮き上がってくる、神秘的なストーリー性を感じる絵だ。

 そして実は、この絵の中にはもう一つ不気味で不可解な物が描かれている。それがこれだ。

 ある者は石柱に張り付くように、ある者はそこに溶け込むように、数人の奇怪な人影が描かれている。見ようによっては、首を吊っているように見える物もある。これは一体何なのか? その不気味な姿は、目前にいる無邪気な幽霊と比べて余りにも異質だ。白い布を被ったステレオタイプの幽霊ではなく、生前の姿そのままで現れた怨霊のようにも見える。

 子供のように遊ぶ幽霊、妙に嘘っぽい仮装のような幽霊、物言いたげに並び立つ謎めいた幽霊たち。その三者の異質な共存と含意が、このイラストをボードゲームの箱絵から一枚の芸術作品へと昇華させている。もしこの絵の原画があれば、一度じっくり鑑賞してみたいものだ。

 さて、イラストの話はそれくらいにして、他の部分も見ていこう。

 イラストの上にはデザイナーであるAlex Randolph氏の名前と、ゲームのドイツ語タイトル「Die guten und die bösen Geister」の文字が薄いブルーで抜かれている。タイトルは日本語に訳すと「善い幽霊と悪い幽霊」という意味だ。そう考えると、イラストの幽霊もどちらかが善い幽霊で、どちらかが悪い幽霊を現しているのかもしれない。

 文字はオールドスタイルなセリフ書体で、インクが滲んだような加工がされている。文字の周りには飛沫が散っていて、血文字かエクトプラズムのように見える雰囲気のある装飾だ。文字はいわゆる既成フォントの打ち文字そのままではなく、例えば同じ「e」のアルファベットでも、全て異なる形に加工されており、丁寧な仕事が見て取れる。

 書体は何か分からないが、デザイナー名「Alex Randolph」の「A」の大文字がかなり小さく、小文字の「l」や「p」に高さがある特徴的な書体で、どこかクラシカルな趣がある。ゲームタイトルとデザイナー名の字詰めを変えてあるのも、細かい芸だが、非常に美しい。

 そしてこのボックスアートに一振りのスパイスとなっているのが、右上の赤い四角形、「ドライマギア」のメーカーロゴだ。ドライマギアのゲームには皆この赤いロゴが箱の右上に載っているのだが、このゲームのくすんだ濃紺のパッケージには、真っ赤なロゴが鮮烈なコントラストとなり、デザインの完成度をより高めるのに一役買っている。

 個人的にはこの赤いドライマギアのロゴが好きで、数あるボードゲームメーカーのロゴの中でも一番好きかもしれないと思っている。極端に字間を開けたおおらかな字面と、単純な三角形を3つ並べただけのマークも、実にヨーロッパらしい洒脱さが感じられる。

 もう一つ。箱の側面にも注目してもらいたい。そう、表のイラストが一枚の絵として側面にもシームレスに繋がっているのだ。こういう処理をしてあるボードゲームのパッケージは時々見かけるが、芸術性の高いこのイラストで全面シームレスになっているのはやはり迫力が違う。

 ドライマギアのロゴもまたシームレスになっている。チラッと見える内側にも赤色が続いているのは、裏面では左上にロゴが配置されているからだ。どこから見てもロゴが1カ所に集まって見える。一面だけでなく、立体的に見ても真っ赤なロゴがたった1カ所のアクセントになっているのだ。

 紙の表面には、ボードゲームの箱では余り見かけない独特の加工が成されている。動物の鱗のようにも見える細かいフェンス状の網目模様が型押しされており、その加工によって表面は全く光を反射せず、布を掛けたようにマットな質感に仕上がっている。

 裏面については深く掘り下げないが、全体の完成度にそぐわぬ美しいレイアウトだ。1つだけ触れるとしたら、白い紙面の周囲に入った濃紺の縁取り、その四隅がイラストの濃淡を巧みに活かし、まるで額縁の繋ぎ目のような視覚効果を生み出している。狙っての事かは分からないが、意図的であれば粋な演出だ。

 さて、ここまでひたすら箱のみに焦点を当ててその魅力を紹介した。

 ボードゲームの箱だけを評価するというのは、作者にとっては余り喜ばしくない事かもしれないが、それでも、そうせざるを得ないほどに素晴らしいデザインに仕上げられた箱だ。可愛さと不気味さの共存するイラストを核に、職人技と言えるデザインワークが散りばめられ、極めて高度な芸術性を獲得している傑作パッケージである。

 今は恐らく絶版で手に入りづらいと思われるのが残念だが、もし見かけたら、コレクションとしても絶対に手に入れておいて損は無い。

 ところで今回箱を開けなかったが、実は箱を開けてみると、内側の底面に、表側のイラストと連動するような、意味深なイラストが描かれている。ここではあえてそのイラストを掲載しないので、もし手に入れた人は、2つの絵を合わせて、この幽霊達が意味するところに思いを馳せてみて欲しい。

 それでは、Viel Spaß!!(楽しんで!!)