【渋アー:第3回】
Mille Grazie / ミレ・グラツィエ

(この特集についての詳細はこちらの説明ページをご一読ください)

 決して目立っている訳ではないが、よく見ると味わい深い。そんな渋いアートワークのボードゲーム(の内容物)を気ままに紹介するこの企画。

 第3回は「ミレ・グラツィエ」だ。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の箱表面

 昔のイタリアを舞台にした、盗って盗られて「Mille Grazie!(毎度あり!)」という不謹慎なノリのゲームだが、コンポーネントは至って渋い。「ボード渋けりゃ駒まで渋い」という諺もあるように、コンポーネント全てから渋さが滲み出ている。そして今回紹介するのは、その「駒」である。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の4つのプレイヤー駒

 4人の貴族だ。4人までのゲームなので、4個ある。当然、色も4色だ。そして当然、形も4種類ある。当然? いや、当然ではない。

 プレイヤー駒の色が異なっているのは当然だが、形まで異なっているゲームは多くない。例えばプレイヤーの目的が非対称のゲームや、キャラクターに個別の特徴や名前が付けられているゲーム、あるいは駒の造形がリアルなミニチュアのゲームなどであれば造形が異なる事はよくあるが、駒の持つ意味合いが同じで、かつ抽象化された古き良き木製駒で、このように全て違う形に仕上げられた物は珍しいんじゃないだろうか。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の4つのプレイヤー駒
ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の4つのプレイヤー駒を上から

 子供向けのゲームでは、見た目や手触りの楽しさを出すためであろう、同じ扱いの駒の造形をわざと変えてある物も見かける気がする。このゲームのパブリッシャーであるツォッホ社はクオリティーにこだわったキッズゲームも多く作っている所なので、そういう楽しさへの細かい気配りや、視覚や触覚から来る原始的な喜びを大切にしているのかもしれない。そうだとしたら、素晴らしい精神だ。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の4つのプレイヤー駒

 ボードゲームの楽しさは、アナログな楽しさだ。僕はそう思っている。手触りのある「物」としての魅力が、僕にとってのボードゲームの魅力である。

 僕はボードゲームも好きだが、デジタルなゲームも好きだ。けれど、アナログゲームのデジタル版はやらない。アナログゲームがデジタル化された時、その魅力の99%が失われてしまうと感じるからだ。

 それは「アナログゲームはコンポーネントが99%で内容は1%」という意味ではない。アナログゲームのテーマ、メカニクス、アートワークが、触れる事のできる「物」としての実体と溶け合った末に生まれる物が、そのゲームの失ってはならない佇まいであり、アイデンティティーだと思うのだ。デジタル化された時に失われる99%とは、そういう物だ。

 このゲームの4種類の駒は、そのアナログな魅力を溢れんばかりに湛えている。形が違うという事は、ただ見た目が違うだけではない。光が射して落ちる影も変わるし、年月が経過した時の汚れ方も変わる。倒れた時の転がり方も変わるだろう。それに何よりも、手触りが変わる。1つのボードを囲んで、同じゲームを同じようにプレイしていても、プレイヤー達が自分の駒を動かす時、指先に感じているのは、違う形なのだ。

 それはなんて、素晴らしい事なのだろう。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の4つのプレイヤー駒の影

 さて、今回言いたい事は以上である。ここからは蛇足だ。

 せっかく駒の形の違いを紹介したので、もう少し掘り下げてみる。形が違っているのは、主に頭の部分、もっと言えば帽子の形だ。実際には体のラインも異なっているが、あんまり体型についてあれこれ言うのは野暮というものだ。
 さて、それでは4つの駒は一体どういう帽子を被っているんだろうか。

 帽子の形を考える前に、まずはこのゲームの舞台設定から見ていく。場所はイタリア北部である。しかし時代がはっきりしない。箱絵や設定から想像すると中世から近代の初め辺りだとは思うが、それ以上が難しい。

 箱絵の人物の首元についた白いひらひらの飾りは、恐らくクラバットやジャボという近世ヨーロッパで身に着けられていたという襞飾りだと思われる。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の箱イラスト拡大
『ウィリアム3世の肖像(10歳頃)』ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム(Jan Davidsz. de Heem, Public domain, via Wikimedia Commons)

 であれば駒達が被っているのは、近世ヨーロッパに存在した帽子であるに違いない。それを踏まえて、それぞれの駒が被っている帽子を推測していこう。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の青い駒

 まずはこの青の駒だ。見覚えのある形、恐らく一般的にシルクハットと呼ばれる形だろう。英語ではこの形の事を「トップハット」と言うのが一般的らしい。シルクハットは、シルクが使われたトップハットだ。

『The Comic History of Rome』 Gilbert Abbott à Beckett(John Leech, Public domain, via Wikimedia Commons)

 トップハットが生まれたのは18世紀のようだから、想定していた時代より少し新しい。ただそれ以前に「capotain」というトップハットの原型のような帽子があり、それは17世紀頃からあったらしいので、時代的にはそれに近いのかもしれない。形の類似性も、まあ許容範囲だ。

17世紀初頭に貴族が被っていたcapotain – 『legant Couples Courting』 Willem Pieterszoon Buytewech(Willem Pieterszoon Buytewech, Public domain, via Wikimedia Commons)

 という事で、青い恰幅の良い駒(おっと、失礼)が被っているのは「capotain」に決定だ。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の黄色の駒

 次は黄色の駒だ。ボーラーハットを少し縦長にしたような形の帽子である。ボーラーハットも歴史が新しく19世紀頃なので、もっと古い時代を探らなければならない。

この画像の16番の人物が被っている帽子に似ている(Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons)

 デフォルメされた形は、見たままの形が元のシルエットだと思ってはいけない。見るべきなのは、全体よりも細部に残されたディティールだ。この黄色の帽子で見るべきなのは、先が細っているデザインと、つばがチューリップハットのように滑らかではなく、クラウン(本体の部分)から直角に立ち上がっている部分だろう。

 高さがあって、先が尖っていて、つばが立っている。そんな昔のヨーロッパの帽子と言えば……

 そう、とんがり帽子だ!(こじつけだって? こじつけ……、僕の辞書には載っていないが、どういう意味の言葉かな?)

シュガーローフハットを被る1605年のイングランド火薬陰謀事件の首謀者達(Crispijn van de Passe the Elder, Public domain, via Wikimedia Commons)

 とんがり帽子は別名「シュガーローフハット」とも言う。シュガーローフというのは日本語で言えば「棒砂糖」の事だが、余り馴染みのある言葉ではない。ヨーロッパでは中世から用いられてきた砂糖を保管する際の成形方法で、精製された砂糖をロケットのような形に固めた物だ。

ベルリン砂糖博物館の展示物(Photo: User:FA2010, Public domain, via Wikimedia Commons)

 このシュガーローフのような形をした帽子がシュガーローフハットだ。やや広義でも使われており、特定の帽子というよりは形状を表している言葉のようでもあるが、当時の帽子は微妙な違いで実に様々な形の物があり、ある程度は広範な捉え方でも許されるはずだ。

 という事で、黄色い駒が被っているのはシュガーローフハットに決定する。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の緑色の駒

 さて、次は緑だ。これも黄色と同じ、というかむしろこちらの方が本来の棒砂糖の形に近い気もするが、黄色よりも更に高さがある。

左:『Portrait of a Man』ディルク・ボウツ(Dieric Bouts, Public domain, via Wikimedia Commons) / 右:『Guillebert de Lannoy ou Hugues de Lannoy, L’instruction d’un jeune prince』より(Jean Hennecart, Public domain, via Wikimedia Commons)

 上図の絵に描かれた帽子が形としては一番近いようだ。まさに先ほどのシュガーローフの写真と同じような形なので、恐らくこれらもシュガーローフハットの一種じゃないだろうか。シュガーローフという帽子には、つばがある物も無い物も含まれるようなのでこちらはつばが無いタイプかもしれない。駒で下の方が膨らんでいるのは、恐らくはみ出した髪の毛だろう。

 また、中世ヨーロッパで身分の高い女性が被っていた帽子で「エナン」という物がある。

左:『Depiction of Christ in the Temple』 ハンス・ホルバイン(Hans Holbein the Elder, Public domain, via Wikimedia Commons) / 右:『Portrait of a Young Woman』 ペトルス・クリストゥス(Petrus Christus, Public domain, via Wikimedia Commons)

 これも形としては似ている。貴族と言っても男性とは限らないので、黄色い駒は女性貴族だったという方がバリエーションとしては面白い。しかし残念ながらエナンが被られていた時代は14〜15世紀頃なので、少し古い。それにイタリアで被っていた資料は見つかっていないらしい。

 という訳で、緑色の駒が被っている帽子は、少し時代錯誤のお嬢様が被っていたエナンか、あるいはつば無しタイプのシュガーローフハットという事にする。

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』の赤い駒

 最後は赤い駒だ。これは極端に高さの低い帽子だ。着ている服は長いマントかローブのように見える。まるで現代のニットキャップに見えるが、この時代にそんな物があったのだろうか。

 昔の帽子でこういう頭の形にぴったりした物と言えば、そう、ローマ法王が被っているあの帽子のような物である。あれはイタリア語ではズケットと言って、カトリック教会の聖職者が被る帽子らしい。役職によって被る色が異なり、この駒のように深紅の物は司教と大修道院長が被るようだ。となればこの駒の服装も、カトリック教会の神父や司教が着るキャソックという祭服に似ていると言えなくもない。ゲームオブスローンズのドラマでリトルフィンガーが着ているような服だ(同じかは分からないが)。

 ではこの赤い駒はズケットを被った司教なのか? ズケット自体は17〜18世紀頃からあったようなので、時代としては合致する。しかし浅い帽子で歴史の古い物は他にも存在する。例えばベレー帽や、上述のズケットをより一般的にした水泳帽のような形のスカルキャップ型帽子、それから帽子でなくてもヘルメット型の髪型も古いヨーロッパの絵画にはよく見られる。

スカルキャップを被るジョン・ネイピア – John Napier, seated, wearing a skull cap, his right hand res(See page for author, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons)

 しかしここは、この赤い駒だけが貴族ではなく、何かのっぴきならない事情があり都市から都市へと奔走している聖職者だと考えた方が、面白い。という訳で、このサイト的にはこれはズケットを被ったカトリック教会の聖職者だという事にしておく。

 さて、これで4種類の駒が被っている帽子の種類を、何となくだが推測できた。いかんせん造形が抽象化されているので、多少強引に当てはめた感は否めないが(それを「こじつけ」という)、近い所までは迫る事ができただろう。

 「だから何?」と思ったあなたは、慧眼である。この話は蛇足であり、それ以上の何物でも無い。 

ボードゲーム『ミレ・グラツィエ』のボードと駒